なぜ『鬼滅の刃』は大ヒット作になったのか。漫画家のきたがわ翔さんは「少女漫画特有の技法がふんだんに盛り込まれている。だからこそ30~40代の女性たちが大ハマりした。とりわけ、矢沢あい先生の名作『天使なんかじゃない』の影響を強く感じる」という――。

※本稿は、きたがわ翔『プロが語る胸アツ「神」漫画 1970-2020』(インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。

鬼滅の刃
写真=時事通信フォト
吾峠呼世晴さんの人気漫画『鬼滅の刃』(集英社、全23巻)

鬼滅を読むと思い出す伝説の漫画家

『鬼滅の刃』がこれほど話題になった理由としては、読者層(ファン)が10~20代だけに留まらず、30~40代の女性も夢中になったということが挙げられます。なぜ30~40代の、それも女性たちが『鬼滅の刃』に大ハマりしたのか。僕はその理由として、『鬼滅の刃』に「少女漫画の要素」がふんだんに盛り込まれていたからだと捉えています。

『鬼滅の刃』を読んで僕が真っ先に思い出したのが、1990年代に活躍した伝説の漫画家・岩泉舞先生のことでした。岩泉先生は、1989年に「ふろん」という作品でデビューした漫画家です。94年まで『週刊少年ジャンプ』を中心に作品を発表していましたが、残念ながら現在は活動を休止されています。

読み切りの短編作品が中心で、しかも寡作な漫画家なので、2020年までに発売された単行本は『七つの海――岩泉舞短編集1』(集英社)1冊しかありませんでした。ただ、ここに収められている作品群はすべて完成度が高く、非常にすばらしい漫画なので、ぜひ読んでほしいと思います。

僕は『鬼滅の刃』のアニメを観たあとに、「岩泉先生が漫画を描き続けていたら、こんな作品を残していたのではないか」と感じ、「『鬼滅の刃』を読むと、岩泉舞を思い出す」みたいなことをツイッターでつぶやきました。すると、そのツイートが1万回以上もリツイートされ、驚くと同時に岩泉先生のことを知っている人がものすごく多いとわかって嬉しかったです。

ちなみに、このときの僕のツイートがきっかけで、単行本未収録作品と新作を加えた新たな作品集『岩泉舞作品集 MY LITTLE PLANET』(小学館)が2021年5月に発売されました。

「心の声」が作品の魅力を惹き立てている

この岩泉先生の漫画と『鬼滅の刃』には、ある共通点があります。それは、「少年漫画と少女漫画のいい部分を、上手にミックスさせている」ことです。吾峠先生の漫画も岩泉先生の漫画も、情緒のあるモノローグが効果的に使われています。モノローグとは「独白」のことで、いわば登場人物が読者に向けて語りかける「心の声」です。少女漫画ではこのモノローグが、非常によく使われています。

こうしたモノローグを、少年漫画でふんだんに使用した作品はそれほど多くなく、岩泉先生が活動を休止されてから、そうした「少女漫画的な要素」を引き継いだ描き手は、これまでほとんど存在しませんでした。だから、吾峠先生がそれをやってくれたことに、僕はグッときてしまったのです。