1903年、山口県の日本海に面した港町に生まれた金子みすゞ。読書好きで、情感豊かなこの美少女は、西条八十に才能を評価され、詩壇にデビューするが、意に染まぬ結婚など、不幸が重なり、26歳で死を決意する。そのはかない生涯を、漫画家・里中満智子さんが、彼女の詩を引きながら、切々と綴る。

見失ってしまった大切なもの

私が金子みすゞという童謡詩人の存在を知ったのはごく最近のことだ。初めて出会った作品は「積つた雪」と「不思議」だった。

      積つた雪

   上の雪
   さむかろな。
   つめたい月がさしてゐて。


   下の雪
   重かろな。
   何百人ものせてゐて。


   中の雪
   さみしかろな。
   空も地面(ぢべた)もみえないで。
      不思議

   私は不思議でたまらない、
   黒い雲からふる雨が、
   銀にひかつてゐることが。

   私は不思議でたまらない、
   青い桑の葉たべてゐる、
   蠶(かひこ)が白くなることが。


   私は不思議でたまらない、
   たれもいぢらぬ夕顔(ゆふがほ)が、
   ひとりでぱらりと開くのが。

   私は不思議でたまらない、
   誰にきいても笑つてて、
   あたりまへだ、といふことが。

読んでいきなりドキッとした。確かにみすゞの作品と同じようなことを思ったことはある。誰にもあるだろう。だがそれを改めて正面から素直な優しい言葉で問いかけられると、自分が大人になって見失ってしまった“何か”を、慌てて探したい気持ちにさせられる。「この人の作品に、もっと触れてみたい」、触れたら「他の人にも触れてもらいたい」、素直にそう願ってしまった。

金子みすゞ(本名テル)は、昭和5年に自らその26歳の人生に幕をひいた。その後ほとんど忘れられた存在になっていたが、『日本童謡集』(与田準一編・岩波文庫)に収録されていた「大漁」に感動した童謡詩人、矢崎節夫氏の努力と情熱により、改めて注目され、脚光を浴びることになった。

      大漁(たいれふ)

   朝焼小焼(あさやけこやけ)だ
   大漁だ
   大羽鰮(おおばいわし)の
   大漁だ。


   浜(はま)は祭りの
   やうだけど
   海のなかでは
   何万(なんまん)の
   鰮のとむらひ
   するだらう。