「心臓」が弱まり「髪」が抜ける

精神的にも、悲惨な影響が見られた。被験者は食べ物以外のことにはいっさい興味がなくなり、食べ物に強烈に魅せられるようになった。

なかには、料理本や台所用品を集める被験者もおり、常に襲われる激しい空腹感のせいで精神を病んでいった。集中力がなくなり、大学を中退する者まで出た。

いったい何が起こったのか。実験を始めるまで、被験者たちは普段の生活のなかで一日約3000キロカロリーを摂り、消費していた。

それが突然、摂取カロリーを一日約1500キロカロリーに減らされたことで、体の機能は30〜40%のエネルギー削減を余儀なくされ、彼らの体内では混乱が生じたのだ。

具体的には、次のようなことが挙げられる。

・体を温めるために必要なカロリーが少なくなると、体温が下がる。
結果:常に寒けを覚える。

・心臓が血液を送り出すために必要なカロリーが少なくなると、ポンプ機能が弱くなる。
結果:心拍数と回拍出量が減る。

・血圧を保つために必要なカロリーが少なくなると、体は血圧を下げようとする。
結果:血圧が過度に下がる。

・活発な脳の代謝に必要なカロリーが少なくなると、認知機能が弱くなる。
結果:倦怠感を覚え、集中力が欠如する。

・体を動かすのに必要なカロリーが少なくなると、動けなくなる。
結果:身体活動が不活発になる。

・髪や爪の生成に必要なカロリーが少なくなると、髪や爪が生え変わらなくなる。
結果:爪が割れ、髪が抜ける。

毎日1500キロカロリーしか摂取しないのに、体が毎日3000キロカロリーのエネルギーを使い続けたとしたら、いったいどうなるだろうか? まず体中の脂肪が燃焼され、次に蓄積されたたんぱく質が燃焼され、そのあと死に至る。

当然である。だから、体はエネルギーのバランスをとるため、自動的に一日の消費カロリーを1500キロカロリーに抑えようとするのだ。実際は、もしものときのために少し余力を残そうと、消費カロリーはもう少し低く調整されるかもしれない(一日1400キロカロリーほど)。

食べる量を減らすと「前以上」に太る

少し考えてみれば、摂取カロリーが減った体は消費カロリーを減らさなければならないことは、すぐにわかる。

一日に摂取するカロリーを500キロカロリー減らすと、1週間に0.45キロの脂肪が落ちていくと考えられる。では、これを200週間続ければ、90キロ落ちて、体重が0キロになるのだろうか?

もちろん、そうはならない。体はどこかの時点で、カロリー消費量を削減して、減少した摂取カロリーとのバランスを自動的にとるようにできている。ミネソタ飢餓実験の被験者たちは16.8キロほど体重が落ちる計算だったが、実際に落ちたのは8.4キロだけ――予測の半分以下にとどまった。

「体重を減らし続けるためにはさらに厳格なカロリー制限が必要だったのだろうか」と考えてしまいがちだが、それは違う。

そのあと、被験者の体重はどうなっただろうか?

半飢餓状態にあるとき、体脂肪は体重よりもずっと速く落ちていった。体に力を与えるため、体内に蓄積されていた脂肪から先に使われていくからだ。回復期に入ると、被験者の体重はおよそ12カ月で元に戻った。

だが、体重はその後も増え続け、結果的に実験前の体重よりも多くなってしまった。

体は代謝活動(総エネルギー消費量)を抑えることで摂取カロリーの減少に素早く対応するが、それはいつまで続くのだろう? カロリー制限を続けていれば、やがて体はエネルギー消費量を元に戻すのだろうか?

端的に答えれば、「戻さない」といえる(※11)。2008年に行われた研究では、始めは被験者の体重は10%減り、エネルギーの総消費量も予測どおり減少した。

この状態は実験が終了するまで、まる1年続いた。その後1年経っても、体重が減った体のエネルギー消費量は低い――平均すると一日に約500キロカロリーほど――ままだった。

カロリー制限をすると、それに反応して代謝活動がすぐに減り、その減少がいつ終わるともなく続くのだ。