「やばいところに来ちゃったと思った」

防大では着校日、上級生による「歓迎の腕立て伏せ」が行われることが多い。

入校した1学年の期別の数だけ(私の場合は55期=55回)上級生が腕立て伏せをする姿を見て、「なんだこれはと衝撃を受けた」「やばいところに来ちゃったと思った」「見ている分には面白かった」などという声が取材の中でちらほら聞こえた。

防大について「なんの予備知識もなく来た」という者の中には、「あまりにびっくりしてしまってその夜は寝られなかった」という声もあった。

防大生には毛髪の長さの指定がある。染髪は当然禁止だ。女子は1学年のみショートカットにせねばならず、その長さも耳や襟足が完全に隠れればアウトと決められている。春高バレーでよく見かける髪型、と言えば想起しやすいだろうか。ショートの中でもベリーショートの部類だ。

うら若き十代の乙女がこの髪型にするのはなかなかの決意がいる。私は高校時代、いわゆる「お姉系」を軽く自称していた。休日には髪をコテでグルグルに巻き、大人っぽい服装を好んで着用していた私にとって、この「髪を切ること」が防大入校への第一の関門となった。

散髪している様子
写真=iStock.com/Satoshi-K
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同じ髪型になるからこそ個性が浮き彫りになる

女子の中にもこの髪型を「あまり気にしていない」というツワモノもいるにはいたが、「好ましい」と思っている者は聞いたことがない。2学年の5月以降は伸ばしてもよくなるため、みなその時期を心待ちにしていた。

しばらくは鏡で自分の姿を見るたびに落ち込んでいたが、同時に1学年時はドライヤーで髪を乾かす時間すら取れないため、あっという間にドライヤーいらずで髪が乾くこの髪型は、防大1学年の生活を送る上ではなるほど合理的だとも思うに至った。

ちなみに、男子の髪型は「帽子からはみ出さない」が基準となる。そのためトップには多少ボリュームを残し、サイドが短いといった男子が量産される。この髪型は1学年であろうが4学年であろうが、はたまた部隊に行こうが大して変わらない。

駐屯地や基地のある地域でこういう髪型をした屈強な男がいたら、それは大体自衛官だと思って間違いない。ただ、最初のうちは「みんな似たような髪型で同じ制服を着て、見分けがつかない」と思っていたのが、みな同じ服装だからこそ、その人の持つ本質的な個性がより浮き彫りになることを実感したのは面白い発見だった。