このときの光源氏と頭中将を比較すると、

「輝くような美しさでは源氏が上だったが、入念に身なりをととのえた頭中将と、地位や齢が、おなじような人には見えなかった」

と述べられています。

「輝くような美しさでは頭中将より上だった」と、いちおうはいわれているものの、光源氏が、装いに破綻をきたしつつあることが、はっきりわかります。

30歳をすぎてからの光源氏は、執政者の地位にありました。長いものには巻かれない、どころか、じぶんが「長いもの」になっていたわけです。

そんなふうになってからも、ずっと若さを追いかけていた彼は、どれほど権力があっても、もたざるをえない「あきらめ」を欠いていました。その「あきらめ」とは――じぶんの年齢を受けいれること、です。

そして、「万年青年」をめざしていた光源氏も、若菜上巻で40歳を迎えます。第三章でのべたとおり、40歳はさいしょの「長寿の祝い」をする年齢です。その40歳の祝いの席でも、源氏は頭中将と対面しています。

いときよらにものものしくふとりて、この大臣(=頭中将)ぞ、今さかりの宿徳とは見えたまへる。主の院(=光源氏)は、なほいと若き源氏の君に見えたまふ。
(現代語訳――たいへん「きよらに」堂々と太って、この大臣は、今がさかりの貫禄十分な人とお見えになった。主の院は、まだ非常に若い源氏の君とお見えになる。)

年齢相応の貫禄を身につけた頭中将に対し、源氏はまだ青年のようにしか見えません。注意すべきなのは、ここで頭中将を評することばのなかに「きよら」という語が含まれていることです。この語は、

「光輝くような美しさ」

という意味で、物語の主人公など、特別な人物にだけ与えられる形容です。

右大臣家の藤花の宴のすこし前、紅葉賀巻で、光源氏は頭中将と組んで「青海波(せいがいは)」という、2人用の雅楽の舞を舞いました。このとき、光源氏の不吉なまでの美しさに頭中将は圧倒され、

「花の傍らに立っている山の木」

のようだったと述べられています。若き日の源氏と頭中将には、容貌に大きな格差があったのです。その差が、行幸巻でほぼ解消され、若菜上巻になると、頭中将がむしろ上位のような書きかたがされています。

年輪をしっかりとかさねることができた頭中将と、それができなかった光源氏――ふたりに対し、「時」は対照的にはたらいたのです。