狙いは1点に絞り込む。しかも稲見はその誤差を5ヤードと狭くしていく。ティグラウンドから240ヤード先の目標をどんどん絞り込んで5ヤードの幅に縮めながら、そのど真ん中の1点に焦点を定める。まるでアーチェリーや射撃の選手と同じである。

しかし、ゴルフがそれらの競技と違うのは目標を見てショットを打てないところにある。稲見は目標を定めたら、集中をスイングに切り替える。

「クラブのフェースを目標にしっかりと向け、ボールが目標に飛ぶように体の向きをセット、アドレスしたら、体と手が同調するようにワッグルを繰り返します。同調しづらいときはインパクトでの腰の向きをチェックして、その腰の向きでボールを捉えられるようにワッグルします。そうしたら、その腰の1点にだけ集中して、スイングします。そうすれば体と手が同調できますので」

スイングも1点に集中するところが稲見の素晴らしいところ。目標に集中してそのまま打つというプロゴルファーが多い中、目標は頭に描いておきながら、スイングに集中するのが稲見流である。正確無比のショットを誕生させる集中の仕方である。

重要な場面こそポジティブに考える

さらに稲見は勝負のカギを握る最も重要なポイントで、最高の集中力を発揮する「ゾーン」に入ることができる。それは絶対にできると自分を強く思うことから始まる。

屋外を歩いている人たち
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「大事な場面では絶対にいいショットを打ってやる。ピンを刺してやると思って打ちます。勝負が掛かったパットなら絶対に決めてやると思って打ちます」

これは重要な場面こそポジティブに考えるということ。オリンピックの17番ホールの4mのパットを、雷雨で中断したのにもかかわらず、ど真ん中から沈めたのも、打つときの決断の強さと集中力にある。「中断したのによく集中力を保てたものだ」と言う人がいたが、中断したときはおしゃべりしてリラックス、打つときに最大の集中力を発揮したということである。さらにオリンピックではプレーオフになったとき、稲見は次のように言ってのけた。

「わたし、プレーオフで負けたことがない。絶対に勝つと思って臨みました。そのときには18番でボギーを打って金メダルを逃したことなど、少しも考えていませんでした。ティショットも集中できて、その前に打ったときよりも10mも飛んでフェアウェイど真ん中でした」

相手のリディア・コーは稲見の気迫に負けたのか、ティショットを右にふかしてクロスバンカーに入れ、ボギーを叩いた。稲見は楽にパーを取って銀メダルを確定させたのだ。稲見は言っている。

「わたし、追い込まれるほうが集中できます。それも追い込まれれば追い込まれるほど集中力が増します。そういうときってゾーンに入ってしまうんですね。集中しているのに周りがよく見えてるし、いろいろな声や音なども聞こえている。それなのに目標の1点に没頭しているんです。もう、すべてが上手く行くとしか思えない。そうなるときに自分とは思えないようなミラクルなショットが出てしまって優勝してしまうんです」