人が宇宙へ出ていくことの「よい面」と「悪い面」

あるいは、今年5月2日に3度目のミッションから帰還した野口聡一さんは、宇宙飛行士を志した自身の原点の一つとして、高校3年生の時に『宇宙からの帰還』を読んだことを挙げている。彼は著書『オンリーワン』の中でこう書いている。

〈立花さんが本のむすびに「私が宇宙体験をすれば、自分のパーソナリティからして、とりわけ大きな精神的インパクトを受けるにちがいないだろうと思う。その自分に何が起きるだろうか。私はそれを知りたくてたまらない」とかいていらっしゃるように、高校三年生のぼくも同じように好奇心を感じた〉

『宇宙からの帰還』には〈宇宙飛行士が宇宙へ出ていくことのよい面だけでなく悪い面〉も含めての「宇宙体験」が描かれており、だからこそ、「宇宙飛行士」をリアルな職業の一つだと思わせてくれた、と野口さんは続けている。

『宇宙からの帰還』は実際の宇宙空間まで運ばれて読まれた

また、早ければ来年にも5度目となる宇宙ミッションを予定している若田光一さんもそうだ。彼の自著『続ける力』を読んでいたとき、掲載されている一枚の写真を見て私は思わず「あっ」と声を上げそうになった。そこには丸窓の向こうに地球の薄い大気層が見えるISSの室内で、若田さんが『宇宙からの帰還』の文庫本を読む姿が映し出されていたからだ。『宇宙からの帰還』は宇宙飛行士の手によって、実際の宇宙空間まで運ばれて読まれたのだった。

そのときのことを尋ねると、若田さんは次のように語った。

月と地球
※写真はイメージです(写真=iStock.com/Ramberg)

「いまは電子書籍がずっと一般的になりましたが、あの頃は持っていける本は五、六冊という時代でした。他に持って行ったのは『かもめのジョナサン』でしたね」

大学時代には航空機について研究し、宇宙飛行士になる前は日本航空のエンジニアだった彼が、『宇宙からの帰還』を読んだのは学生時代だったという。子供の頃、アポロ計画の月着陸の光景に憧れて宇宙に興味を持った彼にとって、地球の低軌道を離れた宇宙飛行士たちへのインタビューは心に強く残るものだった。

「月に降り立った宇宙飛行士の『神の手に触れた感じがした』といった言葉に触れて、『ああ、こんなふうになるのか』と。立花さんの本によって、宇宙体験が人間に与える影響の深さのようなものに対して、漠然とした興味を抱くようになりました」