究極の「商品化教育」で育てられるとどうなるか

たとえば、こんなふうに育てられるのはどうでしょうか。

「育ちに関する基本設計を作成して、マニュアルに沿って必要な要素を適宜投入しつつ、無駄を省いたその子に最適な一貫性のあるカリキュラムで、効率よく基礎学力をつけ、その上で個人プログラムとチームプロジェクトとを並行させながら、子どもの余裕に応じて個性を伸ばす自由課題にゲーム感覚で取り組ませる。課題の中には、泥遊びもキャンプといった自然体験も組み込み、じゃれつき遊びやチームスポーツ、インプロビゼーションを取り入れたさまざまなジャンルの音楽に演劇、もの作り体験、地元の高齢者や障がい者とのふれあいボランティアも組み込む」

そうしてすくすく育った若者は「世界各国の若者とインターネットでつながって社会課題の解決に取り組み、持続可能な地球のために安全保障の問題や環境問題を解決していく。この養育プランのプレミアムコースには偶然性も組み込まれ、理不尽な体験や傷つき体験も回避できないようになっている。それらを止揚して乗り越えていくことが課せられ、オプショナルとして万が一の場合の救済カウンセリングもつけられている。もちろん、このコースには、途中で自分の好きな時期に休みを取って自由な時間を過ごす特別休暇制度も含まれている」

マークシート式テストに記入する人
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受験を勝ち抜いてもやりたいことがない

このように、作り込まれたロールプレイングゲームのような育てられ方で成功する子どもたちも一定数いるかもしれません。でも、このゲームをクリアできる子どもは多くはないでしょう。また、子どもたちの人生をこのように最後までうまくコントロールできる大人が多いとは思えません。そもそも、これほど大人の掌の上で踊らされて、子どもたちは自分の人生をわくわく生きていくことができるのでしょうか。

有名高校や大学の相談室には、大人の言う通り頑張って勉強して入学してきた生徒や学生たちが、やりたいことがわからなくなったと悩んでやって来ます。合格している彼らはまだよいほうで、不合格になって深い傷を負ったまま大人になっていく者たちがいます。若い頃にコンプレックスを持った人たちがそのまま大人になると、次の世代の子どもたちが代理競争のように勉強させられることになります。あるいは、親兄弟やパートナーや友人たちが成功者で自分はそうでないと感じている大人が、理想を投影した子どもを代理に立てて勉強させるという例は後を絶ちません。

たとえ、学校をうまく通過して、無事に有名企業や官庁に就職しても、そこには過労死や自殺のリスクが待っています。近年、過労死や過労自殺の数は年間200件前後で推移していますが、その何百倍ものうつ状態が存在していると思われます。