高校卒業時に待ち構えている通過儀礼「プロム」

それは、アメリカの社会にも共通して言えることではないでしょうか。

ただ、アメリカの場合には、一見すると、子どもと大人との区別に相当注意しているようにも思えます。

これは、アメリカのドラマ、物語を見ていて気づくことですが、grown upということばが重要なものとして出てくることがあります。たとえば、「ピーター・パン」では、ウェンディが母親にむかって、But, Mother, I don’t want to grow up.と言う場面が出てきます。「大人になんかなりたくない」というわけです。

あるいは、合唱の活動をするグリー・クラブを舞台にしたテレビ・ドラマの「グリー」には、シュースター先生が生徒たちにむかって、“We were all raised by different parents, but we grew up together in the Glee club.”と語りかける場面が出てきます。「皆親は違うけれど、グリー・クラブのなかで一緒に成長してきたじゃないか」というわけです。grown upは成長することであり、大人になるということなのです。

アメリカには、日本のような成人式はありませんが、高校を卒業する時点で「プロム」と呼ばれる行事が待ち構えています。プロムはプロムナードの略で、舞踏会を意味します。高校の卒業生は、正装し、カップルでプロムに参加します。プロムは、高校卒業を記念するとともに、大人になったことを確認する通過儀礼になっているのです。

「子ども」=「大人に成りきっていない未熟な人」

プロムが重要なシーンとなっている映画に、「キャリー」という作品があります。これは、スティーブン・キングの小説を原作としたホラー映画ですが、プロムの仕組みがどうなっているか、そこに参加する若者たちがどういう気持ちを抱いているのかがよく分かります。もっとも、この映画のなかのプロムは、凄惨な結末を迎えることになるのですが。

日本の成人式に比較したとき、プロムの方がはるかに通過儀礼としての性格が鮮明に示されています。カップルでしか参加できないので、異性の相手を見つけなければなりません。その過程が試練となります。正装することも、普段とはまったく違う服装を身につけるわけですから、これもまた一つの試練です。

島田裕巳『いつまでも親がいる』(光文社新書)
島田裕巳『いつまでも親がいる』(光文社新書)

試練を克服しなければならない通過儀礼が用意されているということは、それだけ、grown upであることがアメリカ社会のなかで重要視されていることを意味します。通過儀礼を経ることによって、若者は大人へと成長(grown up)するわけです。

アメリカ社会では、子どもと大人が明確に区別されている。この点からは、そのように考えることができます。

しかし、grown upということばの語感としては、子どもと大人が区別されているのではなく、成熟していない人間と成熟した人間とが区別されているように思えます。子どもというものは、大人に成りきっていない未熟な存在だという考え方が、その背後にあるわけです。

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