リーダーが伝える「人生で一番大事なこと」

「人生では、つらい目にも遭うときもあります。信念を失わないでください。私が今まで頑張ってこられたのは、好きなことをしてきたからだと断言できます。心から好きなことを見つけてください。(中略)まだ見つかっていない人は、探し続けてください。妥協してはいけません。恋愛と同じです。本当に好きなことが見つかったときには、自分が探していたのはこれだとすぐにわかります」

三つ目の物語は、手術で治療できる珍しいタイプの膵臓がんだと診断されたことについてだった。死にたい人間はいないと、ジョブズは認めたうえで、死はおそらく生命の最高の発明だろうと語った。死は変化の担い手であり、古いものを取り除くことで、新しいものが生まれてこられるようにしているのだ、と。学生たちは、この物語から次のような生きる知恵を授けられた。

「今、その『新しいもの』とは、まさに皆さんのことですが、皆さんもそれほど遠くない将来、次第に『古いもの』になり、この世界から取り除かれます。(中略)時間は限られています。ですから、不本意なことをして、自分の人生を無駄にしないでください。ドグマに縛られてはいけません。それは他人の考えに従って生きることです。周りから聞こえてくるノイズのせいで、自分の内なる声がかき消されないようにしてください。人生で一番大事なのは、勇気を出して、自分の心と直感に従うことです」

たくさんの物語を紹介する柳井正社長

物語は聞き手に、理論では説明し切れない個別の事柄を理解させるのにも役立つ。

柳井正は個別の事柄の大切さを強く意識している。だから半年に一度のFRコンベンションでも、四~五分間の開幕の挨拶でいくつもの物語を語る。山口県宇部市で生まれ、父親の衣料品店を引き継いだことから、最近ピクサーのジョン・ラセターと会ったことやロンドンのテート・モダンを訪れたこと、さらには西洋のドレスコードの歴史まで、物語を披露することで、みんなに自分の言いたいことが伝わるように話す。

2016年のFRコンベンションで演壇に立つ柳井正
写真提供=ファーストリテイリング
2016年のFRコンベンションで演壇に立つ柳井正社長

二〇一七年のFRコンベンションでは、開幕の挨拶のほとんどを二つの物語を紹介するのに費やした。一つは、ピーター・ドラッカーの本に出てくる三人の石工の話。もう一つは、七大陸最高峰登頂を達成した若い日本人女性の話である。

「以前、皆さんにご紹介したピーター・ドラッカーの『プロフェッショナルの条件』の中に、西洋の有名な寓話があります。

ある建築現場で、三人の石工に『今、何をしているの?』と尋ねた。一人目の石工は『石を切っているんだ。見ればわかるだろう』と答えた。二人目は『お金を稼いでいるんだ。生活があるんでね』と答えた。三人目は『みんなで神様にお祈りするために、教会を建てているんだ』と答えた」