鄧小平は「白い猫でも黒い猫でもネズミを捕る猫がいい猫だ」「豊かになれる人から豊かになりなさい」などの講話がよく知られているが、目先ではなく中国の未来を長い目で見ていたプラグマティック(実利的)な天才政治家だと思う。その視線は田中角栄首相(当時)との会談で「我々より知恵のある次世代に解決してもらうべきだ」と「尖閣諸島棚上げ論」を説いた周恩来首相(当時)にも通じる。

対して中国には共産主義、社会主義のドグマに凝り固まった政治家が結構多い。代表格が文化大革命の粛清で1000万人を虐殺した毛沢東。自らを神格化したがる習近平国家主席の頭の構造も、どちらかといえば毛沢東に近い。

自由よりも大切なものがある、という本音とは

鄧小平が思い描いた香港の歴史的使命は明らかに終わっている。香港のおこぼれ町だった深圳は一人当たりGDPで中国ナンバー1になり、人口1300万人は香港の750万人を上回る。深圳以外にも、広州、上海、北京なども国際都市となって、香港がなくても世界から繁栄を呼び込むことができるメガリージョンが複数誕生した。

50年も必要なかった。30年も早く鄧小平の夢は実現したのだ。となると一国二制度にしがみつく理由もなくなる。むしろ治安維持に失敗して、それがチベットやウイグルなど、他のデリケートな地域に波及することのほうがリスクは大きい。そういう認識が中国共産党にあるのだと思う。

一国二制度は中国が貧しかった時代のもの、というのが習近平の本音だろう。だから「二制度より大事なのは一国」と公言してはばからない。一国二制度を踏みにじる香港国家安全維持法の制定も、中国政府にとっては必然なのだ。

ジャッキー・チェン氏ら香港の芸能関係者2000人以上が香港国家安全維持法の支持を表明したが、実は香港人の中金持ち以上の富裕層の中には学生たちの反政府活動を苦々しく思って、新法を歓迎する人が少なくない。過激な抗議デモや破壊行動などが続いて多国籍企業が香港から撤退したら、自分たちが保有している不動産の価値が下がってしまうからだ。

海外送金がしたい金持ち中国人にとって、世界的な金融センターであり、政府のお目こぼしがある香港は大事な抜け穴。新法で多少の自由は制限されても、自分の財産や商売のほうが重要なのだ。民主派びいきの西側メディアからは、そういう実情は伝わってこないが、イギリスの会社である香港上海銀行さえ香港国家安全維持法の支持を表明しているのだ。

香港を擁護する側に立つ欧米諸国にしても複雑な事情を抱えている。トランプ米大統領は中国の動きを批判し、香港に認めてきた貿易などの優遇措置を停止し、当局者に制裁を科す方針を発表した。しかし、アメリカでも人種差別問題に対する抗議デモの一部が暴徒化、トランプ大統領は鎮圧のために連邦軍投入までにおわせた。それを中国外務省の報道局長から「なぜアメリカは香港の暴力分子を英雄と美化し、自国内で人種差別に抗議する民衆を暴徒と見なすのか。明らかなダブルスタンダードだ」と揶揄される始末。

一方、中国との結びつきが強い欧州諸国やオーストラリアなどは、経済力や軍事力をバックにした中国の高圧的な外交姿勢に不信感を募らせているが、貿易や経済援助で中国依存が大きいために一筋縄ではいかない状況が続いている。

そうした世界情勢を踏まえつつ、日本は許容度が小さい習近平政権の手法を冷静に分析して、対中外交の最適解を見出さなければならない。

(構成=小川 剛 写真=GettyImages)
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