だから孫正義は20億円をアリババに投資した

またジャック・マーのビジネスを成長させたのも、ほかならぬストーリー能力でした。ソフトバンクの孫正義が中国のビジネスプレゼンのミーティングに来ていた時のことです。

ジャック・マー以外のすべての人たちは、しっかりしたビジネスプランや戦略を発表したなかで、彼だけがそのような戦略はなく、どんな未来を作りたいのか、アリババはどんな会社になってどう世界に貢献するのか、これまでの軌跡とこれからのビジョンをストーリーとして語りました。

リップシャッツ信元夏代さん『世界のエリートは「自分のことば」で人を動かす』(フォレスト出版)
リップシャッツ信元夏代さん『世界のエリートは「自分のことば」で人を動かす』(フォレスト出版)

それに孫正義は感銘を受け、20億円をアリババに投資したのです。

ジャック・マーが語ってみせたのは、ビジネスプランや戦略ではなく「未来予想図」で、それが明確なビジョンにつながっていることです。

どんな未来を作りたいのか、どう世界に貢献したいのか。

それをストーリーとして語れたところに、ジャック・マーの力があります。だからこそ、このリーダーを信じたい、ついていきたい、投資したい、ビジネスを共にしたいと思わせる力があるのです。ビジョンを形にする、最大の近道がストーリーなのです。

トヨタの豊田章男社長の有名な「ドーナツ」スピーチ

たしかに、ジャック・マーのストーリーは波乱瀾万丈ですが、自分のビジネスにはそんなにドラマチックな出来事がないという方もいるかもしれません。

よくある誤解が、ストーリーというのはドラマチックに話を盛って語ることだという認識です。それは大間違いです。ストーリーを語るというのは、あくまで自分の体験や気づきを語ることです。

そのいい例が、トヨタ社長の豊田章男氏が、バブソン大学の卒業生に送った祝辞スピーチです。これをサンプルにして、ストーリーの構造を見ていきましょう。

カナダ・ノバスコシア・ハリファックスにあるトヨタの看板
写真=iStock.com/tomeng
※写真はイメージです

構造としては、ここでは3つのストーリーが効果的にスピーチに組み入れられています。まず1つ目は豊田社長が、バブソン大学に留学していた時の話です。

「私はバブソンでは、寮と教室と図書館を往復する、ひと言でいえばつまらない人間でした」

と卒業生たちに向かってマジメな学生時代を明かしつつ、「しかし、卒業してニューヨークで働き始めると、夜の帝王になったのです」と落としてみせて、聞き手を笑わせます。

「人生で喜びをもたらすものを自分で見つけることが大切です。私がバブソン生だった頃、自分で見いだした喜びは……」と期待を盛り上げつつ、「ドーナツ」と意外なオチを言って、ドッと笑いがわき起こります。「人生で喜びをもたらすもの」=「ドーナツ」という方程式をまず印象づけます。