でも、相手は「野村監督のことだから何か仕掛けてくるはず」と思っているから、勝手に警戒してくれるんです。結果として、正攻法で十分成果を上げることができる。ID野球は「自分たちで考える野球」である一方、「相手に考えさせる野球」でもあるんです。

だから、グラウンド外では情報戦をよくやっていましたね。野村監督はメディアに対して時間をかけて、いろいろなことを話します。それが相手チームにも伝わるので、それだけで相手が悩んでくれる。スタメン発表でも、偵察メンバーとして登板予定のない投手の名前を入れたりすることをよくやっていました。相手の先発投手に合わせてその偵察メンバーを試合開始直後に入れ替えるわけです。情報戦で少しでも優位に立とうという意識は、とても強かったと思います。

準備はやってやりすぎることはない

そして、それだけ準備すると選手のメンタルも落ち着くんです。よく「これだけ練習したんだから大丈夫」と思うために練習の虫になる人がいますが、データや準備でも同じこと。「これだけやったんだから」と思えれば、「結果は神のみぞ知る」という心境になれます。練習はやりすぎると故障やコンディション不良のリスクも高まりますが、準備はやってやりすぎることはないですから、そういう意味でも大きいです。

日本シリーズのような短期決戦だと、シーズン以上に周到に準備していました。1週間くらいの合宿を組んで、投手と野手に別れてみっちりミーティングをするんです。僕は野手だったので相手チームの投手全員について、どんな特徴や傾向があるのか分析させられました。特にキャッチャーは投手組、野手組両方に参加するので、大変だったと思います。

でも、僕が野村監督から一番学んだと思うのは、野球やデータのことではなく、人間教育的な部分なんです。野球選手である前に、1人の大人、社会人として立派であれ、野球しか知らない野球バカにはなるなと教えられました。野球をして、よい結果を残せば高い給料がもらえる、くらいにしか考えてなかった選手もいると思うんですが、なぜお金をもらえるのかといえばお客さんが来てくれるからですよね。だからファンサービスや、マスコミ対応することも大切なんだと言われましたね。

また、よく「試合は監督になったつもりで見ろ」と言われました。そうやって一段高いところから野球を見る癖をつけたことは、指導者になってからずいぶん役に立ったように思います。

僕にとって、理想の監督像はやっぱり野村監督なんです。野村監督のあと、若松勉さんや古田さんが監督を務めて、僕も経験させてもらいましたが、野村監督と同じことはできなかった。ID野球とは何かという知識や経験はみんな持っていたと思うのですが、同じようなことをやろうとしてもオリジナルではないから、どこか薄っぺらくなってしまう。人それぞれ持ち味やいいところは違いますから、それはそれでいいのですが、野村監督はやっぱり唯一無二の存在だったなと、指導者を経験した今はなおさらそう思います。

(構成=衣谷 康)
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