リーダーから発せられる「思いやり」の言葉の力

フランス全土での15日間の外出禁止という規制を発表したときの、マクロン大統領のテレビスピーチを見た(3月16日)。レストランもバーも閉鎖、公園でたむろするのも禁止、キスもハグも握手もお勧めしない……フランス人にとっては相当厳しい内容である。

大統領は、「親しい人たちに会うことをあきらめるのは悲痛であり、日々の活動や習慣をあきらめることは難しい」と認めた上で、だからこそこの時期、つながりを維持し、親しい人に電話をし、近況を交わし合い、読書をし、本当に大切なものを再確認する機会にしてほしい、と語り掛けている。

また、ドイツのメルケル首相は、この2日後のテレビスピーチで「慰めの言葉や未来への希望が必要な人をひとりにはさせたくありません。私たちは家族として、あるいは社会の一員として、お互いに支えあう他の方法を見つけましょう(ギュンターりつこさんによる訳)」と語り、具体的ないくつかの方法を示している。

マクロン大統領やメルケル首相の言葉に実際どれだけの人が励まされたかは、両国民に聞かないとわからない。ただ、たとえばこれが職場や学校におけるリーダーから発せられたとしたらどうだろうか。少なくとも、リーダーが自分たちの痛みをわかってくれている、と感じるのではないだろうか。危機においてリーダーがこうした言葉を発することはきわめて重要なことだと改めて思う。

悲しみのプロセスをサポートする

今回の新型コロナウイルスの世界的感染拡大がもたらした未曽有の状況においては、リーダーだけに「社会的『悲しみ』」への対応を期待することはできない。私たちはお互いができる範囲において、お互いの悲しみを受け止め合う必要が出てくるだろう。博愛主義や利他的精神の表現としてではなく、社会のインフラとして。

言い換えれば、互いが互いの「セキュアベース」になるということだ。『セキュアベース・リーダーシップ』の第4章にある、「悲しみのプロセスのサポート」がそのヒントになるので、ここに紹介したい。

悲しみのプロセスをサポートするには、まず自分が本当にその人にとってのセキュアベースであり、その人と絆で結ばれているかどうかを確かめよう。そうでなければ、せっかく力を貸しても、おせっかいだと受け取られかねない。そして、精神面で、また実際面で、自分が対話に適した状況であることを確認し、二人きりになれる場所と時間を確保しよう。

(『セキュアベース・リーダーシップ』P142)

その上で、対話においては、次の点に注意するとよいと言う。

・相手の悲しみを尊重し、その人が感情を表現するよう促す
・涙を気まずく感じない。涙は、体内の毒素を消す自然なプロセスだ。悲しいときに泣くことは健全だ
・一生懸命に聞く。誰かに聞いてもらうことだけが必要な場合もある
・悲しみの感情を持ってよいと強調する
・解決策を提供しようとしたり、悲しみのプロセスを急がせたりしない。質問することを忘れない

私たちは、無意識に「仕方がない、前を向いていこう」というコミュニケーションをしがちだ。もちろん、善意に根差して、だ。しかし、そういうアプローチが、実は相手が自らの喪失の悲しみを受け止め、消化し、本当の意味でまた前を向けるようになっていくプロセスを歩むことを阻む可能性があることを、私たちはいま改めて知っておいたほうがいい。