日本・香港貿易は日中貿易の赤字額を上回る

一方で、08年に発生した世界同時不況の回復プロセスに関しては、世界大恐慌や二度の石油危機の際には見られなかった明るい要因が存在することにも、目を向けるべきである。それは、「現在の世界経済における新興国の存在であり、(中略)アメリカ、ヨーロッパ、その他先進国で景気が後退する局面においても、高い成長率で発展を続けてきた新興国が世界同時不況を最小限にとどめ、回復へと向かう機動力となる可能性に期待が寄せられている」(「世界経済の潮流 2008年II」)。短期的な回復は困難だとしても、中長期的に見れば、新興国が牽引車となって世界経済は回復し、再び成長軌道に乗るものと見込まれる。その場合、新興国は、これまでのように先進国向けの輸出に依存するのではなく、個人消費支出の拡大を中心とする自国市場の拡大に立脚して、成長を実現するだろう。つまり、今回の世界同時不況の場合には、29年の世界大恐慌の場合とは異なり、それを克服する道筋が発生直後から明確になっているのである。

そして「個人消費支出拡大に立脚して成長をとげる新興国が牽引車となって世界経済は回復し、再び成長軌道に乗る」という道筋が明確なのであれば、苦境に立つ日本の地方経済が再生を果たすためには、新興国市場との結合が決定的に重要だということになる。一見、困難に見える地方経済と新興国市場との結合は、すでに第二次産業では相当程度進展している。

第二次産業における地方と新興国との結合にとって大きな意味をもつのは、日本国内の特定地域に立地する産業集積ないし工場が、高付加価値部品の世界的な供給者としての地位を確立することである。つまり、「世界の工場」=組み立て現場が世界中のどの国・地域に移ろうとも、そこに対して日本メーカーは、付加価値が高い部品を供給し続けるのである。

現状では、「世界の工場」に相当するのは中国であるが、すでに多くの地方企業を含む日本メーカーは、中国との関係において、このような高付加価値部品供給基地化をかなりの程度実現している。日中経済関係に関連して、しばしば指摘される「産業空洞化」という見方は、必ずしも正確なものではない。

産業空洞化を語るとき問題視されるのは日本企業の中国進出の影響であるが、たしかに、近年の日中貿易において、日本サイドの貿易収支は一貫して赤字であり、しかもその赤字幅が増加傾向にあることは間違いない。しかし、ここで重要な点は、目を日本・香港貿易に転じると、日本の貿易黒字が一貫して継続しており、しかもその黒字額は、大半の年次において、日中貿易での日本の赤字額を上回ったことである。その結果、日本と中国および香港とのあいだの貿易収支は、日本から見た場合、01年を除いて一貫して黒字となったことを見落としてはならない。日中間では、90年代以降、日本から高付加価値部品が香港経由で中国に輸出され、それが中国で組み立てられて日本向けに輸出されるという形態の貿易が急拡大したのであり、正確には、日本で産業空洞化が進行したのではなく、国際分業が深化したと言うべきなのである(多くの日本企業が高付加価値部品を中国に直接輸出せず、帳簿上は香港を経由して輸出するのは、中継貿易港としての香港のメリットを活用して、対中貿易にともなうリスクの軽減を図るためである)。深化した国際分業のなかで、中国向け部品輸出に携わる日本メーカーの多くは、地方に立地する中堅企業である。地方経済と新興国市場との結合が第二次産業では進展していると述べた理由は、ここにある。

地方経済と新興国市場との結合は、第二次産業においてばかりではなく、第三次産業や第一次産業においても始まりつつある。

第三次産業に関連して、とくに注目したいのは、近年、近隣諸国から日本を訪れる観光客が急増している事実である。09年7月に観光庁は、中国語・韓国語での接客を強化する方向で「国際観光ホテル」制度を見直す方針を固めたが、そのねらいは、「過去10年間に訪日客数が倍増した韓国や3倍に増えた中国など、アジアからの旅行者の増加に応じる」ことにある(「徳島新聞」09年7月27日付)。

近隣諸国からの日本ツアーについては、長らくショッピングを目的とするケースが多いと言われてきたが、最近では、日本国内の観光客の場合と同様に、癒し、おいしい食べ物・飲み物、温泉などを求める事例が増えつつある。韓国や中国沿海部では、富裕層の絶対人口が急増するとともに、日本以上のペースで少子高齢化が進行している。これらの社会構造の変化をふまえれば、近隣諸国の人々にとって、安全で整備された日本の観光地の価値がこれまで以上に高まることは、間違いない事実である。