医療には「業務上過失致死傷罪」は適合しません

医療事故を調べる第三者機関の設置に関し、警察・司法関係者がそのメンバーとして参加することに現場の医師が猛反発している。素人目にはただの自己弁護に映るのだが、本書の著者である井上清成さんは、病院の顧問弁護士という“悪役”視されがちな立場から、あえて「接触するはずのないものどうしが接触する交通事故等と違って、常に患者の命と接する医療に業務上過失致死傷罪は適合しません」と指摘する。

「ここ10年弱で大きな医療事故が相次ぎ、医師と患者さんとの関係がギクシャクし始めた」

<strong>井上清成●いのうえ・きよなり</strong><br>1981年、東京大学法学部卒業。86年、弁護士登録(東京弁護士会所属)。89年、井上法律事務所開設。2004年、医療法務弁護士グループ代表。病院・診療所の顧問・代理人を務める。著書に『病院法務セミナー よくわかる医療訴訟』など。
井上清成●いのうえ・きよなり
1981年、東京大学法学部卒業。86年、弁護士登録(東京弁護士会所属)。89年、井上法律事務所開設。2004年、医療法務弁護士グループ代表。病院・診療所の顧問・代理人を務める。著書に『病院法務セミナー よくわかる医療訴訟』など。

決定的だったのは2003年、泌尿器科の医師三人が「患者を実験台に使った」と糾弾された慈恵医大付属青戸病院の事件。

「捜査方法や事件としての仕上げ方は、同業者から見てもうまいというか芸術的。医療界も反論のしようがなかった」

逮捕直後、井上さんは「あれは無罪だ」と主張する別の泌尿器科の医師と出会う。本書にも登場するその医師の説には、法的には粗いところもあるが、腑に落ちる点が多々あったという。

「知識・技術・経験もある医師がムキになる。どうも嘘を言っているわけではなさそうだと感じて興味を持ち、関連する仕事も自然と増えていきました」

従来の事件との大きな違いは、一医師が手術を施すことの可否を検察・警察が断じた点にある。まさに司法の介入である。しかしこの場合、介入も致し方ないという感情が先に立つが?

「事故隠しや、営利目的による無謀な医療といった故意犯のチェックがこれまで甘かったことは事実。しかし、ここ数年で当たり前になったカルテ開示、事故報告の義務化で相当程度改善しています。同業者が見れば手口はすぐわかりますから」

が、こうした故意犯を抉り出そうと躍起になりすぎると、「ようやく成果が出てきたここまでの努力が水の泡」と言う。

「医療安全で最も大切なのは、起きた事故をもとにどうすれば回避できたかを模索・提示すること。しかし、無防備にそれを進めれば、『なぜそうしてくれなかったのか』という遺族の感情を煽り、裁判や警察に訴えたり『医者を辞めろ』といった責任追及に駆り立てる。いかに誠実な医師でも、これでは口をつぐまざるをえない。原因の模索に協力すればするほど、本人の責任が問われかねないからです。結果、医療安全は進まなくなる。あるいは、難しい手術に医師が手を出さなくなってしまう。残念だが、医療事故は一定の確率で起こります。その前提で規範をつくることが肝要です」

悪役を仕立てた“正論”には、しばしば落とし穴が潜んでいるものである。