きちんと待って、じっくり向き合ってほしい

みなさんが認知症の人と接するとき、ぜひ、心に留めておいていただきたいことがあります。まず、相手のいうことをよく聴いてほしい。「こうしましょうね」「こうしたらいかがですか」などと、自分からどんどん話を進めてしまう人がいます。

そうすると、認知症の人は戸惑い、混乱して、自分の思っていたことがいえなくなってしまいます。「こうしましょう」といわれると、ほかにしたいことがあっても、それ以上は何も考えられなくなってしまう。それは人間としてあるべき姿ではない。

だから「今日は何をなさりたいですか」という聞き方をしてほしい。そして、できれば「今日は何をなさりたくないですか」といった聞き方もしてほしい。

それから、その人が話すまで待ち、何をいうかを注意深く聴いてほしいと思います。「時間がかかるので無理だ」と思うかもしれません。でも、「聴く」というのは「待つ」ということ。そして「待つ」というのは、その人に自分の「時間を差し上げる」ことだと思うのです。

認知症はやはり、本人もそうとう不便でもどかしくて、耐えなくてはいけないところがあるから、きちんと待って、じっくり向き合ってくれると、こちらは安心します。

認知症の人も「一人の人間」

話しかける際は、遠すぎず、近すぎず、その人と1メートルくらいの距離をとったところで言葉をかけてもらうのが、ちょうどいい。目線の高さも大事です。上から見下ろすのでも、下から見上げるのでもなく、同じ高さにして、目と目を合わせる。

長谷川和夫・猪熊律子『ボクはやっと認知症のことがわかった 自らも認知症になった専門医が、日本人に伝えたい遺言』(KADOKAWA)

認知症になったら「何もわからなくなる」と思っている人がいます。でも、心は生きています。嫌なことをされれば傷つくし、褒めてもらえばやはり嬉しい。何よりも心に留めておいてほしいのは、認知症の人も自分と同じ「一人の人間」であり、この世にただ一人しかいない唯一無二で尊い存在ということです。

生活環境をシンプルにすることも大事です。できるだけ単純なほうがよい。複雑な環境でないほうがよいのです。トイレがどこにあるかとか、寝る場所の位置とか、大事なものほど覚えやすく、見えやすいようにし、動きやすいようにしておくのが大切です。

また、認知症の人は、同時にいくつものことを理解するのが苦手です。一度にいろいろなことをいわれると混乱して、疲れの度合いが深まります。同じことを伝えるにしても、なるべくシンプルにわかりやすく、一つずつにしてほしい。これは、伝える側の心がけ次第で大きく変えることができる点です。