いいモノとは何かと考えるきっかけ

いいモノとは何かと考えるきっかけになったのは、ミニ四駆で有名なタミヤの田宮俊作会長のスピーチです。会長は若いころ米国に進出しましたが、メード・イン・ジャパンは見向きもされず、悔しい思いをして日本に帰国。そして、いいモノをつくって再挑戦するために始めたことの1つが、カスタマーセンターの充実だったとか。

小野直紀●1981年、大阪府出身。京都工芸繊維大学卒業後、2008年博報堂へ入社。15年に社内でプロダクト・イノベーション・チーム「monom(モノム)」を設立。19年7月に発売された雑誌「広告」を1円で販売し話題に。現在、2号目を出版準備中。

その話を聞いて、モノづくりは製品をつくって終わりじゃなくて、届けて、使ってもらって、クレームも含めてフィードバックしてもらい、またつくるというループそのものだと解釈しました。いずれもそれまでの自分にはなかった視点で、ちょっと悔しかったんですね。それでモノづくりに関する視点をもっと集めたくて、いいモノとは何かを問う号にしました。

【田原】1円で販売したことで話題になりましたよね。どうして1円に?

【小野】雑誌も、つくるだけでなく届けるところを大事にしたかったんです。今回はモノの価値を問う号なので、ただつくって書店に並べるより、1円という価格設定にしたらテーマが届くだろうと。

【田原】どういうこと? この雑誌は1円の価値しかないと思ったの?

【小野】というより、モノの価値をお金で測ることへの問いかけです。田原さんがいまおっしゃったように、世の中は1円のモノは価値がないと考えがちです。でも、本当にそうでしょうか。モノの価値があるから値段が高くなることはあるけど、値段が高いから価値があるとは限らない。価値と価格はイコールじゃないということを、1円という価格設定を通して問いたかったんです。

【田原】そんなのインチキだよ! 1円なら売れるに決まってる。世の中をびっくりさせたかっただけでしょう?

【小野】表層的には、そうです。これは博報堂の広報誌だから、極論すればタダで配ってもいい。そうしなかった背景には、たしかに1円にして話題をつくるという意図もありました。でも、それだけじゃないんです。むしろ、モノの価値を考えてもらうきっかけにしてほしかった。手に取ったとき、「なんで1円なんだろう?」と立ち止まって考えてもらえたら、それで成功。その疑問に回答する記事もあるので、読んで考えを深めてもらえればうれしいなと。

【田原】わからない。あなたの世の中に対する問いかけは難しすぎるよ。これ、さっきアマゾンで見たら5000円くらいで売っていました。1円のモノが5000円になったんだから、大成功だと思っているんじゃないですか?

【小野】値段が上がったこと自体は成功とは思っていません。ただ、この雑誌を気にしてくれた人が多くなったという意味でとらえれば成功です。

【田原】実際、読者の反応は?

【小野】価値を考えるきっかけになったというご意見はいただいています。逆に、1円で売るとはけしからんという反発もいただいている。ただ、そうした反発も含めて問題提起になればいいと思っています。