結局は日本の近代化を説明する材料にすぎない

また、工場で働いている日本人の姿には、「日本人は、義務教育のなかで、みな同じように考えるように教育されるので、たとえ命を縮めることになっても、従順に長時間労働を続けるのだ」というナレーションをかぶせます。

髙野陽太郎『日本人論の危険なあやまち 文化ステレオタイプの誘惑と罠』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

「日本人には個我がない」というローウェルの主張が、「個我をもたない日本人は、自分を犠牲にして集団に尽くす」という主張に発展してきたことが分かります。

こういう形の集団主義論になった理由は、おそらく、日本の近代化がうまく説明できたからでしょう。これなら、「アジア・アフリカ諸国のなかで、なぜ日本だけが近代化できたのか?」という疑問にうまく答えられるように見えます。「たくさんの人が力を結集すれば、大きなことを成し遂げられる」という知識は誰もがもっているので、「日本人は自分を犠牲にして、集団のために力を結集したので、日本は近代化に成功したのだ」という説明は、誰にとっても納得のいく説明だったにちがいありません。

第二次世界大戦の末期(1944年)、「日本人の精神構造」を解明するための会議がニューヨークで開催されました。この会議には、社会学者のタルコット・パーソンズ、歴史学者のフランク・タンネンバウム、人類学者のマーガレット・ミードといった、当時のアメリカを代表する社会科学者40名以上が集まりました。彼らは次の点で意見が一致していたといいます(※7)。「日本人は、集団に順応していないと安心感を得られないが、この点で、アメリカの未熟な少年、特に不良少年とよく似ている。」

この時期、「集団主義的な日本人」というイメージは、アメリカの学者たちのあいだでは、既に支配的になっていたことが分かります。

引用文献
※1 ローウェル、パーシヴァル(川西瑛子訳)1977『極東の魂』公論社
Lowell, P. 1888 The soul of the Far East. Houghton Mifflin.
※2 ヘーゲル,ゲオルグ・ヴイルヘルム・フリードリヒ(1954)(武市健人訳)『ヘーゲル全集10 改譚 歴史哲學(上・下)』岩波書店Hegel, G. W. F.(1938,1940)Vorlesungen über die Philosophie der Geschichte.
※3 宮崎正明 1995『知られざるジャパノロジスト ― ローエルの生涯』丸善
※4 プラース、D・W(井上俊・杉野目康子訳)1985『日本人の生き方 現代における成熟のドラマ』岩波書店
Plath, D. W. 1980 Long engagements: Maturity in modern Japan.
Stanford University Press.
※5 宮崎正明 1995『知られざるジャパノロジスト ローエルの生涯』丸善
※6 バイアス,ヒュー(2001)(内山秀夫・増田修代訳)『敵国日本 太平洋戦争時,アメリカは日本をどう見たか?』刀水書房Byas, H.(1942)The Japanese enemy: His power and his vulnerability. New York: Alfred A. Knopf.
※7 ダワー, ジョン・W(斎藤元訳)1987『人種偏見 太平洋戦争に見る日米摩擦の底流』TBSブリタニカ
Dower, J. W. 1986 War without mercy: Race and power in the
Pacific War. New York: Pantheon Books.

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