「正しく怖がる」にどうつなげるか

このあたりの安全と不安の関係でおもしろいのが、工学系のリスク観だ。洪水などを学問的に考える工学系の専門家はよく「安全だと油断してはいけない。安全だと思っていると備えを怠ってしまう」という言い方をする。災害はいつやってくるか知れない。健全な不安感をもって、常に備えるのが洪水被害に遭わないためのコツだという意味である。

どうやら不安にも、健全な不安と不健康な不安があるようだ。洪水に備える不安は健全な不安である。健全な不安は、受け入れ可能な不安と言い換えてもよいだろう。「正しく怖がる」という言い方にもつながる不安観である。

小島正美『メディア・バイアスの正体を明かす』(エネルギーフォーラム)

「科学的には安全です」と説明しても、分かってもらえない人には、「その不安や安心できないという気持ちは健全なものです。わずかなリスクでも、そこに注意を払うことはよいことですね」と言って、安心できない気持ちをまずは肯定的に受け止めることが必要だろう。

科学的に安全かどうかは、結局は、人が判断するものだ。その判断は脳の中の情動を経由した気持ちだ。専門家といえども、自分の専門分野を一歩はずれると、普通の市民感情とさして変わらないというケースをよく見てきた。

「安心」を軸としたリスクコミュニケーションを展開すれば、これまでとは異なる世界が見えてくるような気がする。

 
小島正美(こじま・まさみ)
食生活ジャーナリストの会 代表
1951年愛知県犬山市生まれ。愛知県立大学卒業後、毎日新聞入社。松本支局などを経て、東京本社・生活報道部で主に食の安全、健康・医療問題を担当。生活報道部編集委員として約20年間、記事を書いた後の2018年6月末で退社。東京理科大学の非常勤講師も務める。『誤解だらけの放射能ニュース』『メディアを読み解く力』など、著書多数。
(写真=PIXTA)
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