アップルが大成功を収めたとき、日本ではスティーブ・ジョブズという経営者にばかり注目が集まりました。もちろん彼は素晴らしい経営者ですが、日本の経営者は、アップルの良さの本質を見ようとしなかったと思います。アップルの良さとは、簡単に言えば「クール」だということです。アップルの製品は使っていて気持ちがいいし、持っていることを人に自慢したくなる。なぜそうなるかと言えば、デザインに多額の費用を投じているからです。

最近では、日本企業の間でもデザインの重要性が指摘されるようになりました。「デザイン思考」が話題になったのも、その表れでしょう。デザイン思考は、デザイナーではない人がデザイナーの持つ柔軟な思考法を取り入れるためのものです。それはもちろん大切なことですが、イノベーションを起こすような決定打にはならないでしょう。

電機メーカーでもデザインを見直す傾向に

日本企業がデザイン経営で成功するためには、デザイナーを経営に参画させる必要があります。デザイナーという思考法の異なる“異分子”が経営に加わることによって、初めて技術やコストよりも美意識を前提にしたものづくりが可能になります。

日本にも、デザイナーを経営に登用する企業は存在します。先駆的な存在が無印良品です。元は西友のプライベートブランドでしたが、外部のデザイナーを経営ボードに迎えることによって人気ブランドへと成長させました。日本におけるデザイン経営の代表的な企業と言えるでしょう。

また近年、デザイン経営の効果が表れているのがマツダです。ハイブリッドやEVなどの先進技術を持たなかった同社が、経営資源として打ち出したのが、格好いいデザインでした。この戦略を取ることによって、同社は自動車業界の厳しいグローバル競争での生き残りに成功したと言えます。

電機メーカーでもデザインを見直す傾向にあります。自前のインハウスデザイナーを日本に最初に導入したパナソニックは、分散していたデザインセンターを集約して、京都に新たにデザインセンターを開設しました。ソニーはクリエイティブセンター長の長谷川豊さんなどの活躍で、ソニーらしさを取り戻しつつあります。

「デザイン経営」宣言が公表されて以来、さまざまなところでデザイン経営について講演する機会がありますが、デザイナーを経営に参画させるということに違和感を感じる経営者は少なくありません。しかし、高機能・多機能だけでは売れない時代に、GAFAやダイソンのように世界中から愛される製品やサービスを生み出すためには、経営にデザイナーは欠かせないと言っても過言ではないでしょう。

鷲田祐一(わしだ・ゆういち)
一橋大学大学院経営管理研究科教授
博報堂勤務を経て、東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程修了(学術博士)。専門はマーケティング、イノベーション研究。経済産業省「産業競争力とデザインを考える研究会」座長。主な著書に『デザインがイノベーションを伝える』など。
(構成=増田忠英 写真=AP/アフロ)
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