メディアも野党も的外れ

「平和条約を結ぼう。今ではないが、年末までに。あらゆる前提条件なしで」

東方経済フォーラムの全体会合で演説を終え、握手するプーチン大統領と安倍首相(2018年9月12日、ロシア・ウラジオストク)。(時事通信フォト=写真)

2018年9月、ロシアのウラジオストクで開催された「東方経済フォーラム」の全体会合で、ロシアのプーチン大統領が安倍晋三首相に向けて行った提案が波紋を呼んだ。プーチン大統領は「今思いついた」と前置きしたうえで前提条件なしで日露平和条約を年内に締結することを提案、「争いのある問題は、条約を踏まえて友人として解決しようじゃないか」と平和条約締結後に友好国として領土問題の解決を図ろうと呼びかけた。日本政府は北方領土問題を解決して日本とロシアの国境を画定したうえで平和条約を締結する、という基本姿勢を堅持してきた。プーチン提案に安倍首相が同意すれば、対露政策の大転換となる。

当然、安倍首相の対応が注目されたが、首相は答えずに「苦笑い」していたとか、「微妙な微笑み」だったという。「プーチン大統領のちゃぶ台返し」とか「交渉を乱すくせ球」とか「何の反論もしなかった安倍首相はけしからん」とか日本のメディアや野党は騒いだが、的外れもいいところだ。プーチン大統領のような百戦錬磨のタフなリーダーが「今思いついたこと」を公の場で素直に口にするはずがない。プーチン提案は安倍首相と重ねて話し合ってきたことの一部を公開して、状況を動かすための「演出」と考えるほうが自然だ。

プーチン大統領と安倍首相は今回のウラジオストクでのフォーラムを含めて22回も会談している。通訳だけを伴って2人で話し合ったことも何度かある。プーチン大統領が最初に大統領になったのは2000年だが、ガラガラポンで代わる日本のリーダーの中で日露関係についてまともに話し合いができた相手は安倍首相しかいない。18年3月の大統領選挙でプーチン大統領は再選されて、あと6年の任期を得た。今後6年はプーチン政権の最終局面、集大成になるわけで、プーチン大統領としては自分と安倍首相がトップ同士のうちに日露関係を大きく前進させたいと考えている。18年9月の自民党総裁選で再選されてプラス3年の任期を得た安倍首相も同じ考えだろう。

領土問題というのは強力なリーダー同士のトップダウンでなければ解決は難しい。両国で長期政権の仕上げの段階に入った今ほど、絶好のタイミングはないのだ。しかも日本にシンパシーを抱いているプーチン大統領である。このチャンスを逃せば、たとえばメドベージェフ首相などが後継すれば北方領土問題を解決する扉はまた固く閉ざされてしまいかねない。