ここまで読んで、「哲学対話なんかしなくても、何でも話せる飲み会をしたらいい」と思った方もいるかもしれません。ですが、飲み会の席が「無礼講」であったとしても、みんな上司の機嫌をとりますし、ましてや「生きることに意味があるか」なんていってしまったら、場の雰囲気は最悪です(笑)。みんな酔っぱらっているから何でもいっている気になっているだけ。同僚で集まって上司の悪口をいって盛り上がったとしても、本当はその上司を評価している人はいいたいことをいえていなかったりする。「何をいってもいい」場はほとんどないからこそ、哲学対話のように安心して「何をいってもいい」場を設けることに意味があるのです。

偉大な哲学者の理論は万能ではない

冒頭で、「哲学」には「小難しく」「変人がやっている」イメージがあるといいました。これまでの「哲学」が、「存在とは何か?」のような一般的な問いをテーマにしていたことと、それを考える主役が専門家である哲学者だったことがその一因でしょう。

しかし、私たちが日ごろの生活でぶつかるのは、「上司が嫌」「お金がほしい」といった非常に個人的で、具体的な悩みです。自分の問題に向き合うとき、自分の問題の専門家はほかならぬ自分自身です。偉大な哲学者の理論は、手助けにはなっても、だれにでも当てはまる万能な解決策にはなりえません。人生では、哲学者の言葉ではなく、自分の言葉で自分の問いを立て、考える必要があります。

にもかかわらず、私たちにはこれまで、「何をいってもいい場」がなかったため、自由に物事を考えることができませんでした。自分自身の言葉で考えることをおろそかにして、人任せにしてきたともいえます。

哲学対話は、あなた自身の言葉で問いを立てることを大切にします。立場の違う他人と話し合うことで、あなたの考えは深くなっていきます。理路整然としたものではない、荒々しいものかもしれません。でも、自分の問いを自分の言葉で考え語れれば、それがあなた自身の「哲学」なのです。

「問い、考え、語る」対話に必要なルールは7つだけ
(1)何をいってもいい
空気を読んでいわないという気遣いは不要
(2)人を否定したり茶化したりしない
発言が恥ずかしくなったり、わざと注目を浴びるために発言することを防ぐ
(3)発言せず、ただ聞いているだけでもいい
話さない自由があってはじめて、何でも話す自由がある
(4)お互いに問いかけることが大切
積極的に質問する場であることを確認し、お互い安心して問いかけられるように
(5)知識ではなく、自分の経験に即して話す
経験に優劣なし。だれでも対等に話ができる
(6)話がまとまらなくても、意見が変わってもいい
何かを決める場ではないので、問題なし
(7)わからなくなってもいい
わからなくなったのは、理解が深まった証拠
梶谷真司(かじたに・しんじ)
東京大学大学院総合文化研究科 共生のための国際哲学研究センター センター長。1966年、愛知県生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。専門は哲学、比較文化、医学史。著書に『シュミッツ現象学の根本問題──身体と感情からの思索』などがある。
 
(構成=山本ぽてと 撮影=尾関裕士)
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