これからのキャリア形成では、なにが正解なのか。マーケティング戦略アドバイザーの永井孝尚さんは「『あなたという商品』の価値を高める方法を考えるべき」といいます。永井さんの知人に「お金さえもらえばいい」といって、受け身の仕事を続けてきた55歳の男性がいます。49歳で子会社に転籍。給与減を補うために転職を志しましたが、まったくうまくいきません。どこで間違ったのか。教訓とあわせてお伝えしましょう――。

「もっと要領よくやればいいじゃないか……」

今どきのキャリアをどう考えたらいいのか。失敗から学ぶことはたくさんあります。今回は「仕事ではお金をもらえばいい」と割り切ってきた55歳の現在を紹介しましょう。落合タクミ(仮名)が新卒入社したのは、中堅メーカーC社でした。「上司に従っていれば、失敗しても上司の責任。自分でわざわざリスクを取る必要はない」が彼の持論です。だから仕事で自発的に提案をすることはほとんどありませんでした。常に受け身で仕事をしていたのです。

彼は上司の言うことには忠実だったので、上司のウケはとてもよいものでした。入社後の10年間は高度成長期の最後の時代です。自発的に考えなくても、仕事は次々と向こうからやってきました。

永井孝尚『「あなた」という商品を高く売る方法』(NHK出版)

一方、職場の中に今風に言えば「意識高い系」の同僚・山田がいました。落合から見ると山田はイタい男にしか見えません。「山田さんはストイックだなぁ(笑)」と揶揄した感じでちゃかすことも多く、本音では(仕事なんかに本気になって……)とイラッとしていました。

(山田みたいに頑張って新しい提案しても、余計な仕事を抱えるだけだし、給料なんてほとんど変わらない。わざわざ失敗して後ろ指をさされるリスクが増えるだけだし、周りにいるオレたちの仕事も増えるし、はっきり言って迷惑なんだよ。もっと要領よくやればいいじゃないか……)

昇進も給与も、基本的に年功序列の時代です。新しい提案をして失敗しようものなら、責任問題にもなります。それならば、上司の指示通りに受け身で動いて、できるかぎりリスクを取らない方がはるかに賢い選択。仕事なんてお金がもらえればじゅうぶん。それが落合の考え方でした。

転職斡旋会社には登録したが…

そして現在。彼は55歳になっていました。

49歳のときに積み増しの退職金をもらい子会社に転籍して、すでに6年が経過していました。仕事は元いた親会社への派遣です。元勤務先である親会社で、会社裏口の受付窓口応対をしています。給与は親会社にいたときから半減していました。一方で、新入社員時代にバカにしていた同期の「意識高い系男」の山田は、親会社で本部長として活躍しています。

落合の目下の悩みは、5年後の60歳でやってくる定年退職です。年金支給は65歳から。年金支給まで5年間、生活費をどうやって工面すればいいのか? 彼は思い悩み、転職斡旋会社に登録しました。