見落とされがちな地域包括ケア

当然、高齢者の単身世帯も増える。これまで通り、複数人家族が一人の高齢者を介護するという図式は根本から成り立たなくなるのは明らかだ。

高橋紘士氏

高橋氏は、今後は地域で包括的に介護をケアしていくシステムに本気で取り組むべきであると示唆する。特に、見習うべきはスウェーデンやデンマークの介護システムだ。自宅で居住しながら、必要とあらば24時間体制で看護や介護福祉士が駆け付ける地域の介護ケアシステムは、今後見習うべきものがありそうだ。

「ある研究結果では、大部屋に入れられると、人はその部屋の一番重篤な人の状態に引きずられて悪化するそうです。反対に個室になると回復傾向が見られる。人間にとって、食事や排泄といった生命の根源的なところを大切にできるかどうかは、我々が想像する以上に重要なことなのです」

在宅介護の実現には何が必要か

未来の介護の在り方に今後の期待をかけつつも、では今現在、私たちが在宅で介護していくことは実際に可能なのか、最後に介護事業大手「ケアリッツ・アンド・パートナーズ」の取締役副社長、松田吉時氏に話を伺った。

「介護離職の問題が取りざたされていますが、現場に携わっている私たちから見ると、介護度が比較的高くても、介護サービスをフル活用すれば何とかやっていけるというのが実感です」

ただし、注意点もある。まずは職場や家族の理解、話し合いが必要だ。介護は育児と異なり、終了地点が見えないため、漠然とした不安やあいまいな役割分担は介護従事者にとって心的ストレスにつながりやすい。

「身内に介護が必要だと感じたら、まず地域の包括支援センターに連絡し、ケアマネジャーとコンタクトをとってください。誰にも相談せず仕事を辞め、一人で頑張っているうちに、介護に疲れて、最後に弊社にたどり着くお客様が多いんです。でも、それは順番が逆。むしろ仕事を辞めないほうが利用できるサービスも多いんですよ」

介護度5でも在宅で介護できる人もいれば、介護度は低くても認知症が重度なために在宅介護が困難な場合もある。素人考えで介護プランを組んでも、実効性は薄い。まずはプロに相談することだ。

今後ますます需要が伸びると予想されている在宅介護サービス支援事業だが、実は倒産する業者も続出しており、圧倒的に人材不足の現実がここでも浮き彫りになっている。倒産業者の4割は訪問介護事業を行っている会社だ。介護を提供する側にとって、在宅サービスはハードルが高い。清潔でシステムが整っている施設で働くほうが、見知らぬ個人宅に行くよりストレスが低いことは容易に想像もつく。そもそも訪問介護に従事する人材は平均年齢は53歳、5名未満の事業所も多く、ヘルパーが定年になれば、いくら顧客がいても倒産せざるをえないのだ。

厚労省推計によると、25年には、介護人材が37.7万人不足する恐れがあるという。人数ベースで最も不足が多いのは東京都の3万5751人(充足率85%)ということだ。

私たち自身が「老い」に向き合う時期が来たとき、クオリティ・オブ・ライフをどこまで追求できるのか、今後の環境整備にかかっている。

結城康博●1969年、栃木県出身。淑徳大学総合福祉学部社会福祉学科教授。介護現場での実務経験を生かし、経済学や政治学をベースにして、介護・医療政策に独自の視点で切り込む。厚生労働省の老人保健健康増進等事業「特別養護老人ホームの開設状況に関する調査研究」検討委員会座長。
高橋紘士●一般財団法人高齢者住宅財団理事長。厚生労働省の政策評価に関する有識者会議座長。福祉政策・介護保険論・地域ケア研究の第一人者であり、これまで複数の大学での教授職、全国社会福祉協議会研究情報センター所長、社会福祉医療事業団(現・福祉医療機構)理事などを歴任。
(撮影=村上庄吾)
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