特養の空床はなぜ生まれるのか
では、地域に差こそあれ、徐々に特養に空床が存在し始めている原因は何なのか。調査を進めると2つの要因が見えてきた。1つ目は施設側の事情、2つ目は利用者側の事情である。
まず施設側の事情から見ていこう。特養に空床が存在する原因で、職員側の理由のトップは、「職員の採用が困難」「職員の離職が多い」であり、介護人材確保の難しさがある。2017年3月時点の介護サービス職種における都内の有効求人倍率は6.4倍。一方、都内の全業種平均は2.06倍であり、それを全国に広げると1.45倍になる。それらの数字と比べると、介護サービス業界は突出して人手不足、かつ人材集めが困難なことがわかる。にもかかわらず、介護人件費の低さ、業務の過酷さ、シフト制の厳しさは依然として問題となっている。この問題に対する施設側の改善案として、「勤務条件の改善」や「昇給昇格制度の明確化」「研修の機会を増やす」「職員メンタルヘルスに対するケア」などが提案されているが、それが現実のものとなるまでの道のりは遠く、業界、国を巻き込んでの介護業界全体の待遇改善が、今後ますます課題となっていくだろう。
利用者側の心理が特養の空床を増加させる
もう一つ、特養空床問題の要因には、利用者側の複雑な事情も存在している。特養人気の声の陰で、実際には入居申込者を募集しても定員に達しない地域もあるし、空きが出たことを告知しても「今はいいです」と断る人が続出しているのだ。介護現場に詳しい東京23区内のあるケアマネジャーA氏が、匿名を条件に詳細を語ってくれた。
「杉並区が約200キロ離れた南伊豆に建設している特養施設が原因で区議会が紛糾しています。実は南伊豆どころか、青梅や八王子など比較的都心から近場の特養であっても、近親者を送ることにためらいがある親族は多い。距離というのは、健常者が考える以上に介護においてはネック。特に特養の場合、一度入居したらほかの特養に転居がしにくいので、近場が空くまで我慢する人が多いんです」
また、特養以外の有料老人ホームや在宅での介護サービスやショートステイなど、介護環境に選択肢が増えてきたことも、特養頼みの状況に変化が生じている原因だろうと分析する。
「ケアハウスやグループホームなど短時間預けるプランや、3カ月ほどの短期間入居できる老人保健施設など、選択肢も増えてきています。最近では東京23区内の特養でも、半数ほどが辞退するというのが実感です。特養待機者名簿の実効性が希薄になりつつあるので、最近は、『待機者』とは呼ばず、『申込者』と呼ぶようになりました」
しかし、順番が来ても断るのならば、なぜ特養に申し込むのか。その問いについては、「特養=いざというときの保険」という意識が働いているという。介護はいつ終わるともしれない。介護者自身が高齢者だったり、仕事が忙しかったり、いつ事故や病気、介護疲れが生じるかもわからない。
「いざというときに頼れる特養を確保しておきたいのではないでしょうか」