教育の現場に「評価」はつきもの。これを手放すと、人や組織にはどんな変化が起きるのだろうか。「鯖江市役所JK課」の仕掛人である若新氏と、「よのなか科」を創設した藤原和博・奈良市立一条高等学校校長が、正解のない時代における「変化の価値」について語り合う。

評価のない「出島」をつくる

【若新雄純】女子高生がまちづくりを楽しむ「鯖江市役所JK課」では、彼女たち自身が試行錯誤しながら学んでいくといプロセスを大事にしたかったので、市役所の職員には「教えようとしないでください」とお願いしました(対談前編参照 http://president.jp/articles/-/20876)。それと合わせてセットでお願いしたのは、「大人の基準で評価しないでほしい」ということでした。

それまでJK(女子高生)にとって、家庭外での大人との関わりは「何か言えば点数をつけられる」「100点満点に対して何点足りないか評価される」というものがほとんどでした。だから最初のうちは、JKたちはどうしても大人たちの様子を探る感じになっていました。

【藤原和博】地域活動だからといって、メンバーの誰かに市長賞とかMVP表彰とかをあげてしまったらダメだよね……。

【若新】そう、言いたいことを自由に言えなくなります。でも、大人による評価のない場をつくると安心感ができて、JKたちは自由におもしろいことを言うんです。たとえばコスプレしてごみ拾いするというイベントを実施したとき、市の職員に向かって「(市指定の)ごみ袋がダサい。これじゃ持ち歩きたくない」って。これに対して市長は、彼女たちが求める「かわいいかどうか」といった感覚が大事なんだと納得していました。

それから、市内に駐屯する自衛隊から、若者と交流したいという依頼がありました。その打ち合わせで自衛隊を訪れたとき、JK課メンバーが言ったのは、「迷彩の制服がイケてない。それでは誰も近づかないから、今度私服で来てほしい」って。こういうことは、評価がつきまとう大人社会ではなかなか言えませんよね。

【藤原】それはすごくいい話ですね。JK課の活動は、学校の授業でもないし、部活とも違う。どちらかと言えば「出島」みたいなものじゃないでしょうか。僕も学校改革を進めるときは「出島」をつくって、学校の授業とは全然違うモードで、どんな化学変化が起きるか様子を見ます。生徒たちにとってその場所は、第2の保健室や図書館なのかもしれない。つまり大人から一切評価されない場所。だから自由なことが言える。