注目ベンチャー企業の社長から伝説の営業マン、最年少開発責任者、外資系企業の社長まで、彼らのキャリアを好転させた渾身の資料を大公開。

交差点を曲がるだけで楽しい軽自動車

2015年4月に発売され話題となった、ホンダの軽自動車スポーツカー「S660」。発売後数日で5200台を受注し、年内の予約を締め切られるなど、販売は好調だ。小さなボディに、走る楽しみを凝縮させたこのクルマのアイデアを出したのが、現在、本田技術研究所四輪R&Dセンターのラージ・プロジェクト・リーダー(LPL)の椋本陵氏だ。

四輪R&D センターLPL 椋本陵氏●1988年、岡山県生まれ。岡山県内の工業高校を卒業後、本田技研工業に入社。試作車の模型をつくるモデラーから22歳で開発責任者に最年少で抜擢された。

椋本氏は工業高校出身で、デザイナーの描いた図面からクルマの立体モデルをつくるモデラーの仕事に就いた。入社3年目の2010年、本田技術研究所の創設50周年を記念した新商品提案コンペが開かれ、そこに応募したアイデアがおよそ800件の中から見事1位を獲得。22歳という若さで新車開発プロジェクトの責任者に就任した。

椋本氏が所属していたモデラー部門からコンペに勝つことは、それまでなかったという。

「たいていはデザイナーがコンペに勝ち残ります。おもしろいアイデアを持っているし、それをうまく形にできる技術もあります。モデラーはアイデアを表現するのが不得手で」

椋本氏がコンペに出した資料は、表紙も含めた4枚ワンセット。1枚は共通の提案フォーマット。残りは椋本氏の思いがこもったビジュアル資料になっている。残念ながら非公開情報だが、そのうち2枚には椋本氏が手描きしたボディが載っている。

「初めてつくった資料で、とくに意識した点はないのですが、強いて言えば、技術のことをあれこれ書かないで、フックになるような言葉を一発入れたこと。そのほうが、自分だったら見るなと思いました」

コンペで3位までに入ったのはいずれも軽のスポーツカー。他の2つの提案書には、技術的なことが詳細に記されていた。椋本氏が強調したのは技術ではなく「ほしい、乗りたい、おもしろい」というメッセージだ。