会社を動かすのは誰か。それはあくまでも、現場の社員だろう。では、社員を動かすのは、どんな経営者だろうか。創業者、大株主、カリスマ。そんなものは空疎なレッテルにすぎない。孫正義氏の何が周囲を心酔させるのか。ソフトバンク幹部たちが初めて明かした──。
――ソフトバンク顧問 嶋 聡氏の場合

国内に携帯会社は3社しか残らない

1996年に衆議院議員となり、孫さんとは「日本経済の発展には通信事業の自由化が欠かせない」と意気投合していました。しかし2005年の衆院選で落選。その1週間後に孫さんに会いに行き、ソフトバンクで働かせてほしいと申し出たのです。孫さんは「一緒に、やりましょう。嶋さんが来てくれたら万人力だ」と即答してくださいました。嬉しかったですね。

06年、ボーダフォン・ジャパンとの交渉を巡って、孫さんの決断に接しました。当初は買収でなく、回線の借り受けを行う予定でした。ところが交渉が難航。孫さんは幹部会議で、「いま社長のビル・モローに『そこまで言うのなら買ってくれ』と言われた」と報告されました。

「嶋さん、どう思います?」と意見を求められたので、「日本に携帯電話事業の会社は3社しか残りません。買えるなら買ったほうがいい」と進言しました。

2006年、ソフトバンク携帯販売店がオープンした。(写真=時事通信フォト)

その会議では慎重な発言をされましたが、結果的に買収を決断します。これは大変なことです。借り受けから買収に変わった瞬間に、ゼロからビジネスを構築するつもりで奮闘していた社内チームは困りますから。

「トップ宣言」を信じられた理由

トップの仕事とは何をするかを決めるのではなく、何をやらないかを決めることです。現場の社員は目の前の仕事に集中してしまうけれど、トップは複数の事業に優先順位をつけなくてはいけない。孫さんは「撤退はトップにしか決められない」とも言います。まさにトップとしての役割を果たした決断でした。

ボーダフォンの買収を決めた直後、孫さんの発言で私の人生は変わりました。販売代理店を集めた発表会で「10年以内にNTTドコモを抜きます」と断言した。当時はソフトバンクの幹部でさえ、信じていなかったと思います。