会社を動かすのは誰か。それはあくまでも、現場の社員だろう。では、社員を動かすのは、どんな経営者だろうか。創業者、大株主、カリスマ。そんなものは空疎なレッテルにすぎない。孫正義氏の何が周囲を心酔させるのか。ソフトバンク幹部たちが初めて明かした──。
――ソフトバンク取締役常務 藤原和彦氏の場合

「よく損したな」謙虚な開き直り

私は事業管理担当として、ITバブル崩壊後の2001年に入社しました。それまでソフトバンクは世界中に投資の手を拡げていたのですが、私は膨大な含み損が発生しており、投資先の整理が必要だと説明しました。オーナー社長が思いを込めて手がけた案件に対し、「やめるべきだ」と提言するわけですから、どういう反応になるか正直不安でした。

ソフトバンク取締役常務 藤原和彦氏

孫社長は資料をじっと見て、「よくここまで損したな」と言われました。びっくりしましたね。事実を謙虚に受け止め、自分の意思決定をあらためるべきだと素直に認める。過去の失敗にとらわれず、常に未来を見ている人だと感じました。

その後、私が業績を報告するたびに、孫社長はいつも口癖のようにこう言いました。

「おれは会社を運転するドライバーだ。バックミラーに映る景色はわかった。後ろはもういい。おまえはフロントガラスの前に映る景色を見せてくれ」

しかも「シナリオを1000個持ってこい」などと言う。未来に何があるのかを、本気で見ようとするわけです。

将来予測では最低でも3つほどのシナリオを用意しますが、当たるとは限りません。重要なのは未来を描いてみることなんです。仮説を立てれば、外れたときに悔しい。なぜ外れたか考える。次は当ててやろうと思う。これを1年間、毎日、何度も繰り返すと、数字への感度が高まり、事業への向き合い方が変わります。孫社長はそうやって会社の完成形を磨こうとします。5年後はどうなるか。30年後はどうなるか。大型買収を考えるときも、過去の実績や現在の企業価値は決め手になりません。重視するのは未来。だから「迷ったときは遠くを見ろ」といつも言われます。