2015年10月21日(水)

エボラ、SARS、マダニ……感染パニックが起きる日

ニュースの謎、国際問題のカラクリ【感染症編】

PRESIDENT 2015年1月12日号

著者
加藤 康幸 かとう・やすゆき
医師、国立国際医療研究センター国際感染症対策室医長

加藤 康幸1969年生まれ。千葉大学医学部卒、米ジョンズ・ホプキンス大学大学院修了。都立病院勤務などを経て現職。日本で数少ない「1類感染症」(最も危険性が高い感染症)の専門家。

国立国際医療研究センター国際感染症対策室医長 加藤康幸 構成=村上 敬 撮影=大沢尚芳
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殺人マダニウイルスを知っているか?

西アフリカを中心に多数の死者を出したエボラ出血熱。幸い、現時点で日本国内において感染者は発見されていないが、そこで「感染症は対岸の火事。日本には影響ない」と考えるのは早計だ。日本には日本発の感染症があり、死者も出ている。

2013年、西日本を中心にSFTS(重症熱性血小板減少症候群)ウイルスの感染例が相次いだ。このウイルスはもともと日本国内に存在していた。媒介するのはマダニだ。発症するとエボラ出血熱に似た症状を引き起こして死に至るケースもあり、「殺人マダニウイルス」として騒がれた。14年11月時点で、31人の方が死亡。すでに死者が出ているという点では、日本人にとってエボラ出血熱よりずっと身近で危ない。感染症は、現在進行形で我々の生命を脅かしている。

これまで日本は、どのようにして感染症と闘ってきたのか。歴史を簡単に振り返ってみよう。明治時代、日本で大流行したのがコレラだ。コレラは過去に何度かパンデミック(世界的流行)を起こしているが、そのパンデミックと開国が重なった。明治期には東京でも感染が拡大。10万人以上の人が亡くなった年もある。

明治、大正はペストも深刻だった。ペストはノミで感染する。菌が全身に広がって敗血症を起こすと黒ずんできて死に至ることから、黒死病ともいわれた。コレラやペストは海外から運ばれてくるため、日本は検疫に力を入れる。いま日本は厳重すぎるほど検疫をやる国として知られているが、原型はこの時期に出来上がったのだろう。

日本では、ペストは1930年代を最後に発生しなくなり、コレラや細菌性赤痢などの下痢症は60年代に患者数が大きく減った。背景にあるのは、抗生物質の開発と、公衆衛生の改善だ。とくに大きいのは水道の整備。東京オリンピックを機に上下水道が整備され、水で媒介される古典的な感染症は姿を消した。

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