「限界状況」を招いた「ネット私刑」の暴走

佐野研二郎氏の制作した2020年東京五輪エンブレムに端を発した盗作疑惑騒動は、9月1日、緊急調整会議を開いた組織委員会が、使用の撤回を決定するという異例のかたちでひとまずの落着を迎えた。佐野氏から取り下げたいとの申し出があったと説明され、模倣や盗作を認めるわけではないが、オリンピックに悪影響を与えていると判断したというコメントが紹介された。

同日、佐野氏は自身サイトに「エンブレムにつきまして」という謝罪文を上げた。そこには、流出したメールアドレスを悪用した嫌がらせや、家族のプライバシー暴露などが横行していたこと、一部メディアに「事実関係の確認がなされないまま断片的に、報道されること」が多々あったことを訴えた上で、「人間として耐えられない限界状況だと思うに至りました」とあった。こちらが辞退の本当の理由だったのではないか。

自身がデザインした2020年東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムを指さすアートディレクターの佐野研二郎氏。7月24日。(写真=時事通信フォト)

パクリ糾弾はネットの好餌だが、佐野氏の件は、過去の例に比べるとちょっと異質な印象があった。

なにしろ騒ぎが膨れ上がる規模と速度が尋常でなかった。パクリ糾弾というのはほぼ必ず人格攻撃に横滑りするものだが、今回はその規模と速度に応じてかバッシングも苛烈を極めていたように見えた。佐野氏や組織委の非や対応の拙さもあったにせよ、行き過ぎていた感は否めない。

ジャーナリスト安田浩一氏の近著に『ネット私刑』という新書がある。ネットの手前勝手な「正義」が、ターゲットの個人情報暴露など履き違えた方向へ暴走することを指したタイトルだが、佐野氏の件もまさにそんな印象で、「人間として耐えられない限界状況」という言い分にはうなずいたものだ。「被害者面しやがって」とさらに叩く燃料を与えたかたちになってしまっていたが。