4倍近い値段で売られているユーロ硬貨とは

その値札を見て、もっと驚いたのは、2ユーロ、1ユーロ、50セント、20セント、10セント、5セント、2セント、1セントのSAN MARINOと刻印されたユーロ硬貨の1セットが、何と15ユーロで売られているのである。これらのユーロ硬貨の合計額を何度計算しなおしても、3ユーロ88セントにしかならない。これらのユーロ硬貨が4倍近い値段で売られていたのである。筆者がこのショップで4倍近くもするサンマリノ共和国のユーロ硬貨を買ったかどうかは、読者の皆さんの想像にお任せしたい。

なぜ1ユーロ硬貨などが4倍近い値段で売られているのかという疑問が湧き起こってくる。経済学が教えるところは、需要と供給の大小関係で4倍近い高い値段で売られているというものである。裏側にSAN MARINOと刻印されているだけで、需要が供給を上回ってしまうというのは、筆者のようなコレクターがいるからであろうか。それはほんの部分的な効果しか及ぼさず、大半の理由は違うところにある。むしろ、額面が1ユーロとあっても、市場価格がその4倍もすると知っていれば、いったんそのSAN MARINOと刻印された1ユーロ硬貨を1ユーロで手にした者はだれも1ユーロで手放さそうとはしないであろう。

すなわち、額面が1ユーロとあっても、市場価格がその4倍もするということが一般的に知られていれば、SAN MARINOと刻印されたユーロ硬貨に対する需要が増大する一方、SAN MARINOと刻印されたユーロ硬貨の供給はほとんどない状態となる。ただし、もしサンマリノ共和国の中央銀行(実際には存在しないが)が需要に合わせて供給を増大すれば話は別で、額面どおりの価値となるであろう。

このサンマリノ共和国においては、4倍近くの市場価格の付いているSAN MARINOと刻印されたユーロ硬貨はまったく流通していない。むしろ1ユーロならば1ユーロの価値しか持たない、すなわち、額面どおりの価値しか持たない、レオナルド・ダ・ビンチが描いた図柄のイタリアのユーロ硬貨が流通しているという、極めて特異な現象を経験することができる。このような現象は、「悪貨は良貨を駆逐する」というグレシャムの法則として有名である。4倍近くの市場価格の付いている(相対的な)良貨がまったく流通せず、額面どおりの価値しかない(相対的な)悪貨が支配的にその経済で流通しているのである。

このグレシャムの法則は逆説的であって、俄かには理解しがたいかもしれないので、「悪貨は良貨を駆逐する」メカニズムを簡単に説明しよう。悪貨および良貨というのは、どのような意味で悪貨であり、良貨なのか。金貨・銀貨が支払いに使われていた時代においては、金貨・銀貨の純度が高ければ高いほど良貨であり、不純物が多く含まれれば含まれるほど悪貨であった。たとえ1ユーロと額面に刻印されていても、その純度が低いために、今は額面どおりに商品の数を購入できたとしても、近い将来に額面どおりに商品の数を購入できずに、実際に購入できる商品の数(「購買力」と呼ぶ)が少なくなるというリスクを抱えているのが、悪貨である。このことを現代の経済に置き換えると、ある国のインフレ率が高ければ高いほど、その国の通貨の購買力、すなわち、その価値は小さくなる。一方、ある国のインフレ率が低ければ低いほど、その国の通貨の購買力、すなわち、その価値はそれほど小さくならない。したがって、インフレ率の高い国の通貨が悪貨となり、インフレ率の低い国の通貨が良貨となる。

このように悪貨と良貨を考えると、当然、購買力の減少が少ない通貨を選んで保有しようとするであろうから、悪貨よりも良貨を保有したがるだろう。