2015年6月29日(月)

心が疲れたときに効くアドラー心理学

PRESIDENT 2015年6月29日号

著者
向後 千春 
早稲田大学人間科学学術院教授

1958年生まれ。81年早稲田大学第一文学部(心理学専修)卒業。89年早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程心理学専攻単位取得満期退学。博士(教育学、東京学芸大学)。富山大学助教授、早稲田大学人間科学学術院助教授等を経て2012年より現職。専門は教育工学、教育心理学、アドラー心理学。著書に『アドラー“実践”講義』『コミックでわかるアドラー心理学』ほか。

早稲田大学人間科学学術院教授 向後千春=文 PIXTA、GettyImages=写真 大橋昭一=図版作成
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ここは果たして私がいるべき職場なのか?

新しい環境と場所、新しい人間関係、新しい仕事に接した際は、しばしば「自分は本当にこの職場に合っているのだろうか?」「私がいるべき職場なのか?」という疑問・不安が湧く。そうした慣れない感情が焦りや精神的・肉体的な疲労、ひいては無気力・無関心な勤務態度につながる。新入社員に限ったことではなさそうだが、こうした症状に、どう対応していけばいいのだろうか。

PIXTA=写真

ここでは、アドラー心理学の理論を使ってそれを考えてみたいが、その前にアドラー心理学について簡単に説明しておく。「個人心理学」とも呼ばれるアドラー心理学の創始者、アルフレッド・アドラーは、ユング、フロイトとともに臨床心理学の基礎をつくった3人の一角を占めており、人の行動や認知の仕組み、自分自身の理解や自分と他人の関係の理解等々について、有用かつユニークな枠組みを提供している。

その枠組みを借りることで、こうした精神状態を、自分を振り返り、自分と職場との関係を見直し、仕事の意味を考えるためのチャンスと捉えたい。そうすることで危機を乗り越え、意味のある形で仕事をしていけるようにしたいのである。

さて、「ここは果たして私がいるべき職場なのか」という問題は、アドラー心理学でいう「所属の課題」である。自分がどこかに所属しているという感覚 (Feeling of belongingness) は、コトバを話しだす子どものときから死ぬときまで、生涯を通じて存在する。

人はまず、生まれてからは家族の中に所属しているかどうか、長じて学校では友人グループや部活のグループに所属しているかどうか、職に就いてからは、自分の職場のグループに所属しているかどうかということを、絶えず感じている。

人は、自分の所属感を絶えず感じていると同時に、いつでも所属していたいという目標を持っている。もし、所属がうまく果たせないことによって、所属感を持つことができなければ、精神的に不健康になるだろう。その結果、不適応な状態になり、体調不良や無気力といった症状が表れてくる。所属感とは、人が精神的にも肉体的にも健康に生きていくための基本条件といってもいい。

所属する先にはどのようなものが考えられるだろうか。アドラーはまず家族を考えた。その次に友人、そして職場の人間関係である。このような所属先を「共同体 (Community)」と呼ぶ。家族、友人、職場の3つの共同体の中で、その人がどのように所属を果たすか、つまり、どのような人間関係をつくっていくか、ということをアドラーは「ライフタスク(Life tasks)」と呼んだ。ライフタスクとは、人生の課題という意味だ。私たちの人生はどのような人であっても例外なく家族の課題、交友の課題、仕事の課題に日々直面することになる。そうした課題を乗り越えていく中で、それぞれの共同体に所属を果たしていくのである。

こうしてみると、五月病も含めた新天地での心と身体の変調は、所属の課題であることがわかる。職場という共同体と同僚・上司という人間関係の中にうまく自分の所属を見いだせないとき、そのサインとして心身の不調が表れてくるのである。

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