「評価のない研究というのは継続さえできない」
――渋滞学者 西成活裕さん

西成活裕さん

これは、現在は「渋滞学」の提唱者として大活躍中の西成さんが、無名の不遇時代に心の底から痛感し、自身の研究をそれまでと異なる次元に引き上げ、大きな業績を挙げ始める端緒となった考え方だ。

西成さんは大学の博士課程にいた頃から、業界内では有名な雑誌に論文を載せるなど能力の高さには自信を持っていた。しかし、大学の助手に応募しても20回は落とされた。ようやく地方で助手の職を手にしても、学会発表のために出張する予算もなかなかもらえない。すると、発表実績がないから、と公募での研究費ももらえない悪循環にハマる。もう、論文で専門分野を超えて「最高」と認められるほどの超有名な雑誌に載せて結果を出すしかなかった。

そのため、インパクトのある研究、すなわち「社会の難問を解決させること」に取り組もうと考えるようになったという。

「長年の研究成果と言われるものも、たいてい特定の業界の中での閉じた発見ばかりなんです。それでは、外の世界からの評価はもらえない。そして、評価のない研究というのは継続さえできないものです」

この発想の転換から、新しい学問が生まれたわけである。

「単純な技術だけでは、どうしても本物のよさは出ない」
――陶芸家 葉山有樹さん

葉山有樹さんの作品「金彩緑鳳凰唐草文杯」。

1ミリメートル間隔に数本の描線を入れるという、陶磁器の限界に近いほどの細密な描き込みで知られているのが葉山さんだ。葉山さんにとって他の人と違う作品にするためのポイントは「本物の迫力」だ。

「絵柄に関しては、過去にあったパターンのコピーに過ぎないというようなものには、どうしても本物の迫力は宿らないだろうと思っています。自分なりの図案を描けるようにならなければいけません」

そのためには、草花なら近所の山に出かけ、何も見ないでも細部も正確に描けるまでスケッチをする。勉強もするそうだ。

「どのような意味でその図柄が使われてきたのかを知らなければ、やはり本物にはならない。だから歴史の本を読んだり古典にあたったりして、それぞれの図柄に古来から人々のどのような宇宙観がこめられていたのかを、できるだけ理解したいと思っています。

古い焼きものに描かれた文様や生きものなどには、それぞれ意味も起源もちゃんとある。それを自分のものにしなければ、単純な技術だけではどうしても本物のよさは出ないんですよ」

――とんちや禅問答のような話に留まらない、「本当に自他を変える言葉」とはどのようなもの か。日頃インタビューを生業にする筆者としては、生のまま、身を絞り出すようにして、取材の際に最も強く思っていることをぶつけられただけ、とでもいうタ イプの肉声にこそ「変化、転機の芽」が宿るのではないか、と痛感させられてきた。ここではそんな言葉を集めてみた。
本欄で紹介した肉声は筆者による既刊『仕事の話』(文藝春秋)と『料理の旅人』(リトル・モア)から再録したものだ。本企画のために再録を許していただいた取材対象者の方々には、心からの感謝の気持ちを申し上げておきたい。