日本人の平均寿命は延びて、男性が79歳、女性が86歳。めでたいことだが、逆に言えば、それだけ「老後」が長くなったということになる。

定年などで退職した後の人生は、もはや「余生」と片付けられるものではなくなった。それなりに準備をしていなければ、せっかくの人生の黄金期を充実させることができない。そして、その準備は、40代から始まる。

お金の問題も大きいが、1番のポイントは、組織や肩書に頼らない生き方を少しずつ模索するという点にあると思う。会社の中で輝くことは大切だが、退職後はひとりの人間に戻る。そんなことを考えていると、対照的な、2つの生き方が思い浮かぶ。

退職したとき、空の青さに感動するほどの解放感を得る人のほうが、老後を楽しめる。(写真=AFLO)

私が尊敬し、師と仰ぐある著名な解剖学者。勤めていらした大学を、定年前に辞められた。

大学を辞めた翌朝、家を出るときの印象を、ときどき私に話してくださる。

「いやあ、茂木くんね、空が青かったんだよ。大きく広がって見えた。自分でも気づかないうちに、大学という組織に縛られて不自由だったところがあったんだろうねえ」

その方は、大学を辞められた後はますます元気になられて、お好きな昆虫採集のために、世界各地を飛び回っていらっしゃる。

一方で、こんな風景を目にすることがある。学会などで、有名大学の名誉教授がお話しになる。冒頭に、誰も聞いていないのに、わざわざ、こんなことを言われる。「いや、私は、5年前に、定年で、大学を退官いたしまして」。

口ぶりから、「大学教授」という肩書を失ったことが、残念でたまらない、ということが伝わってくる。できるならば、生涯、「大学教授」を続けていたかったのだろう。