テレビでは斬新な番組が作りづらい

②の「映像制作の可能性が広がった」というのは、例えばかつてはバラエティ番組を制作したいと考えると地上波テレビという「場」しかなかったが、いまはそうではないといったようなことだ。AmazonやNetflixをはじめとした配信プラットフォームにおいてもバラエティ番組を作り発表することができる。

逆に、テレビでないほうが制約なく振り切った番組ができる可能性が高い。誰もが気がついているように、それは地上波におけるコンプライアンス遵守の気運が年々高まっているからである。法律に違反していなくても、“人としての”ルールを守るというのがコンプライアンスの考え方だ。そのために昔のように斬新な番組やとんがった企画ができなくなってしまったのだ。

そんな制約から解き放たれた佐久間宣行氏はYouTubeで独自のチャンネル「佐久間宣行のNOBROCK TV」(チャンネル登録者数170万人)を開設。高橋弘樹氏もABEMAと契約をしてネット番組「世界の果てに、ひろゆき置いてきた」などを制作しているほか、独自のYouTubeチャンネル「ReHacQ」(チャンネル登録者数69.2万人)を展開している。彼らは「可能性を実現化した」好例だ。

「テレビ局に必要な人材」と「テレビ局が求める人材」のギャップ

コロナ禍によって、リスクヘッジができる「管理者」のような人材が重用される傾向が強くなったことは前述の通りだが、人材流出を考える際には、テレビ局特有の「人事ロジック」を理解する必要がある。

現在のテレビ局においては「スペシャリストよりジェネラリスト」という方針が浸透しつつある。制作現場においても、「スペシャリスト」であるディレクター職より「ジェネラリスト」であるプロデューサー職の数のほうを増やそうとしている。その方が効率がいいからだ。プロデューサーは作品をかけ持ちできるが、ディレクターはできない。

「スペシャリストよりジェネラリスト」の本意は、ひとつの部署やひとつのスキルの専門家より、さまざまな部署や職種を経験して放送業務に関わるすべての仕事を把握している「便利な人間」を重宝するということである。

そのために局員は入社後3年ごとに人事異動を受けて、いろいろな部署を回ることになる。現在ではその傾向はさらに強まり、長くても2年、短い場合には1年で異動になる。そして「社内異動をすればするほど、出世をしてゆく」という人事構造が出来上がる。すでに「テレビ局=番組を作るところ」という考え方は、過去のものなのだ。

私はこういったテレビ局の仕組みが、今回のドラマ「セクシー田中さん」問題にも影響していると指摘したい。平たく言えば、「スペシャリスト=プロフェッショナル」という人材が不足していることが招いた結果だと見ている。