転職ロマン17

本連載も一区切り。17人の言葉から見えた、転職ロマンの真理とは?

転職の中に人間的な理由、すなわちロマンを見出す本連載。とりあえずの一区切りをつけることになった。シーズンワンの最終回、である。

キャリアアップや収入アップの成功物語を聞くことが本連載の趣旨ではない。しかし、ロマンに焦点を当てると雑念が消え、職業人として前向きになり、より良い職場に巡り合いやすくなるのかもしれない。今回を含めて17人にインタビューしたが、いずれも安らぎつつはつらつとしているのが印象的だった。

今回はわらしべ長者のような転職を果たした49歳の既婚男性が登場する。3年前まで中国地方にある地元で働いていたという中内雄一さん(仮名)だ。

「27歳のとき、当時勤めていた会社の方針で東京本社に行きました。その5年前から地元で今の妻と付き合っていたので行きたくはなかったですね。1年間だけ我慢して、地元の支社に戻してもらいました」

現在は誰もが知っている超大手外資系IT企業の一員である中内さん。大阪の拠点で単身赴任生活を続けている。俳優のオダギリジョー似のイケメンで、穏やかに優しげに話す中内さんだが、いわゆるハイスペック人材ではない。地元の私立大学を中退し、やはり地元の小さなPOSレジメンテナンス会社に就職したのがキャリアのスタートだった。ただし、安定や安住よりもチャレンジと成長を優先してきたのは一貫している。

「このままではいけない」と飛び込んだブラック企業での苦闘の日々

「大学を中退したのも自分のためにならないと思ったからです。漫然と大学に通っているよりも早く社会に出てお金を稼ぎたいと思いました。学費を出してくれた親はめっちゃ腹を立てていましたけど……」

お金を稼ぎたかったのは憧れの車を買いたかったから、と中内さんは即物的な理由を明かす。就職先はどこでも良く、学生時代のアルバイト先だった中古車販売店の客が経営する会社に入った。POSレジメーカーのグループ会社だが、社員数は5人ほどの中小企業である。

「僕は手先が器用なので、すぐに働けるならばどこでも良かったんです。でも、6年働いて、このままでは何のスキルも身につかないと危機感が募りました。その会社では修理エンジニアという位置づけでしたが、実際にはお客さんのところに行って故障した部品を新品に丸ごと交換するだけ。率直に言って、誰でもできる仕事でした」

大学も自主的に中退した中内さんは一度決めると果敢に行動する性格の持ち主だ。働きながら専門学校に通ってWeb関連の技術を学び、ネットワークエンジニアを顧客企業に派遣する会社に転職した。

「東京でも1年ほど働いたのはこの会社にいた頃です。いわゆるブラック企業で、毎朝9時に出社して、終バスに乗って家に帰れるのは深夜1時ごろ。僕は30人ほどのチームのリーダーをしていたので、管理職としての業務もあり、他の人よりもたくさん働いていました」

激務に耐えたおかげでスキルは身についたと振り返る中内さん。しかし、すでに結婚していたため、家庭生活との両立は不可能と判断した。

「妻が妊娠していたので、このままでは負担をかけすぎてしまうと思いました。支店長になることが内定していたのですが、そうすると現場から離れて営業が中心になります。僕はもっと技術を磨きたかったので、家の事情も考えて『やっぱり無理です。辞めさせてください』と上司に謝罪しました。人生初の土下座をしましたよ」

会社を辞めるのに土下座をする必要はないが、そのような精神状況に追い込むのがブラック企業なのかもしれない。上司からは罵倒されたが、中内さんには社外に強い味方がいた。顧客企業の担当者である。

無職の1カ月を経てホワイト企業へ。情報システム部門で見つけた課題解決の喜び

派遣元から派遣先への転職は当時の業界ではタブーとされていた。露骨な引き抜きで信頼関係が崩れてしまうからだ。そこで、中内さんを引っ張ってくれる担当者は「1回辞めて無職になれ。すぐにハローワークに求人を出すから応募しろ」と指示。中内さんは1カ月間だけ無職になって、晴れて派遣先の正社員になれた。日本を代表する事務機器メーカーへの転職である。

「地元にある支社だけで300人もいました。年収は200万円アップして、残業はほぼゼロ。超ホワイト企業ですね。当然、前職の派遣会社の人たちとも顔を合わせますが、『引き続きよろしくお願いします』と頭を下げた程度です」

機器の修理エンジニアが花形であるこの会社で中内さんは「天職」と出会う。支社内のIT基盤の構築・運用を担う情報システム部門である。

「僕はトラブルシューティングが大好きなのだと気づきました。個人が困っている問題を解決して感謝されるのも楽しいし、ちょっとした工夫で会社に大きな貢献ができるのもやりがいがあります。当時はまだ一般的ではなかった無線LANも他の支社にさきがけて導入しました。社員一人の無駄な時間を5分減らすだけでも300人分だから影響力は小さくありません」

やや興奮気味に情報システムの魅力を語る中内さん。技術者として最も脂がのる30代のほぼすべての時間をこの職種に費やした。最先端の技術を開発するのではなく、既存の技術を使って個人や企業の生産性アップを手伝う仕事だ。中内さんは顧客に寄り添うタイプの技術者なのだろう。

苦手な「営業」への異動、失敗連発からの逆転。40代単身赴任で挑んだ社内改革

しかし、時代の流れには逆らえない。サーバーなどが東京の本社で集中管理されるようになり、地方支社の情報システム部門の役割が縮小。中内さんは「ソリューション営業」部門への異動を命じられる。事務機器の営業部門とは異なり、既存の顧客企業にネットワーク機器からクラウドサービスまでのすべてをワンストップで提供する少数精鋭部隊である。

「僕は人前で話すのが苦手なので、プレゼンの機会が多い営業への異動は気が進みませんでした。ただし、客先が顧客企業の情シス(情報システム部門)というのは魅力でしたね。僕は10年間もどっぷり情シスをやったので、課題がすごくわかるからです。『よく問い合わせてくる人はこういう人ですよね』と理解してサポートすることができます」

多様な技術を理解して説明することには自信があるが、営業はほぼ初めてだった中内さん。プレゼンで緊張のあまり言葉が出なくなったり、顧客の重要データをメールで誤送信したりなどの失敗もしたが、そのたびに上司に即座に報告して対処。社内外での信頼が深まる機会になり、ピンチはチャンスになりうると知った。

ソリューション営業で5年間の実績を積んだ中内さんは自社が抱える大きな課題を解決したいと思うようになる。デジタルマーケティングの弱さである。

「ソリューション営業で販売する商品はネットで検索・比較されることが少なくありません。例えば、『kintone 導入支援』と入力すると、競合の販売会社のサイトばかりが表示されてしまう。検索時点で負けているのです」

マーケティング部門は東京本社にしかなく、中内さんがやりたいことに取り組むには東京に行くしかない。かつては家庭生活を優先した中内さんだが、一人息子はすでに中学3年生になっている。今度は単身赴任を決意した。今から3年前のことである。

「デジタルマーケティングのための予算確保は予想以上に大変でした。役員会に5回もプレゼンして玉砕。抽象的な大ぶろしきを広げたのが良くなかったのだと気づき、営業部門と連携して『AIとセキュリティ』などの具体的なテーマで小さく始めることにしました。なんとか予算も付いて結果も出たので、今では会社にデジタルマーケティングが根付いていると思います」

一気に300万円アップして年収1500万円へ。20年前の「優秀な後輩」がくれた世界への切符

超ホワイトな会社だと実感しながらの18年間。このまま定年まで勤め上げることもできるが、中内さんには「より大きな影響力で社会に貢献したい。死ぬときに後悔しないようにチャレンジしたい」という気持ちが常にある。IT業界の超大手は外資系で占められていることもあり、3年に一度ぐらいのペースで有力各社の面接を受けていたと明かす。

「ビズリーチなどの転職エージェントに登録しておくと時々連絡が来ますよね。憧れの企業の場合は受けていました。落とされたから今があるわけですが、中途採用者に何が求められるかを知れたのは良かったです。求人のある職種に職歴が合っているのか、そして入社したらどんな価値を出せるのか。人事採用担当者がそれをすぐに判断できるような実績を定量的に表現して、職務経歴書の頭のほうに書くべきなのです」

昨年末、そんな中内さんに絶好のチャンスが巡ってきた。冒頭で記した超大手外資系IT企業の日本支社で「ポストセールス」を担う人材を探しているというのだ。中内さんが今まで販売してきた商品を開発している企業であり、大企業の優良顧客数社からの問い合わせに対応しながら有償の支援サービスも拡販していく業務。情報システム部門から本格的にスタートした中内さんの顧客寄り添い型キャリアの集大成にもなりうる。

今回は転職エージェントからではなく、2社目の転職先のエンジニア派遣会社の後輩からの紹介だった。いわゆるリファラル採用である。

「20代後半で同じ派遣先に行った仲間です。僕より3歳年下ですが、当時から仕事のできる人でしたね。4年前に今の会社に転職して活躍しています」

今回の転職では、年収は一気に300万円アップして1500万円に達する。一方で、レイオフの可能性は常にある。自分の業績にかかわらず、部門ごとなくなってしまうことが少なくないからだ。

「それでも合格したら入社しようと決めていました。世界的な看板を背負って働いてみたいからです。前職には不満はまったくありませんが、やはり影響力が全然違います。まさに世界を変えるインパクトを持っている会社なので、顧客の変革を促してその価値を上げるツールとサービスを提供できるようになりたいです」

転職ロマン17 記事中
イラスト=新倉サチヨ

自分と他者のどちらも大切にできた人に「輝くロマン」が訪れる

高い目標を掲げながら、入社したての今は「桁外れに恵まれた職場環境」にはしゃいでいる中内さん。電動昇降の机、最高級の椅子、健康的なドリンクも軽食も飲み食べ放題、本物の高級木材を使った調度品……。約30年前に地元の大学を中退した頃は予想もできなかった状況だろう。

「いつかアメリカの本社にも行ってみたいです。英語ができないので勉強中ですけど(笑)」

20年前の優秀な同僚、しかも後輩から「うちの会社に来ませんか」と言ってもらえるところに中内さんの素直で明朗な人間性がわかる。仕事人冥利(みょうり)に尽きる瞬間である。

これまで17人の転職ロマンを観察してきた。共通して言えるのは、自分と他者のどちらも大事にできたときにロマン溢れる転職が生まれることだ。他者の中には、家族、同僚、顧客、社会が含まれる。自分の成長や成功ばかりを追求すると誰も応援してくれないが、苦しすぎる職場環境で自分が無になってしまってもいけない。

中内さんのように天職を見つけられなくても構わない。自分の力を伸び伸びと発揮できる業務と環境を探しながら、他者の満足や幸せにも思いをはせること。そのぶつかり合いの中で、転職のロマンが輝き始める。