fv_「SNSチェック」

現代においてほとんどの人が使用しているSNS。ハンドルネームや匿名だからと何も考えずに投稿してはいないだろうか。就職活動や転職活動の際、ウッカリ投稿で選考から落ちるようなことがあれば、自業自得といえどもやるせない。SNS・ウェブチェックのサービスを開発した五味渕氏に、いま、企業が行っているSNSチェックのリアルを聞いた。

メールアドレスや電話番号、誕生日から“匿名”を特定

就職活動や転職活動において、採否を左右する資料は履歴書や職務経歴書だけに限らない。「求職者のSNS投稿歴は、およそ6~7割の企業がチェックを行っています」――そう話すのは、企業採用のリファレンスチェック、バックグラウンドチェックを主業務とするコンサルティング会社HRRTの創業者・五味渕氏だ。数万社に対する営業を通じて、企業の間でSNSチェックの認知度が上がっていることを実感しているという。「本名以外のアカウントも意外と簡単に見つかるんですよ」と言葉を続けた。

そう聞いて急にソワソワし始める就活生、転職希望者もおられるに違いない。

チェックの対象となるSNSはInstagram、Facebook、X、LinkedIn、GitHub、note等々。個人のブログも当然対象となる。「企業からの依頼では、基本的に求職者本人の同意を得たうえで履歴書ベースの情報で調査しています。それ以外で出していただけるものは職務経歴書です」と五味渕氏は話す。となると、本名を頼りに匿名のアカウントまで割り出していくことになる。実際にどのような手法を使っているのか。

「例えば、みなさんが必ずお持ちのメールアドレスや携帯電話の番号をもとに探します。IDやユーザー名を自分の名前にすることはさすがにないでしょうが、面倒くさがって使い慣れたフリーメールアドレスのローカル部をそのままIDに使用する傾向があるんです」と明かす。

SNSチェック図版

あるいは山本なら「yama」「yamachan」のように推測できる呼称と、履歴書から誕生日を含む“好きそうな”数字を、ハイフンも交えて組み合わせて順番に探していくと、しばしば求職者と同じプロフィールや顔写真が掲載されたアカウントにたどりつく。途方もない作業のように思えるが、1人あたりわずか2時間で探し当てるので恐ろしい。

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フォロワー数が採用の判断材料になる時代

気になるのは、SNS上のどのような情報が調査され、企業側に報告されているかだ。

「私たちが調べる規準は、ビジネスパーソンとしての常識を逸脱していないかどうかです。例えば撮影禁止の銭湯の脱衣所でセルフ撮影しているとか、未成年の頃に酒を飲んでいたとか。意外と多いんですよ」と五味渕氏は苦笑する。本人に問題が見当たらなくても、大勢でバーベキューをしている写真の中に、オシャレでは済まぬレベルの刺青が入っている友達がいないか、といった情報を重視する企業もあるという。

「クライアントごとに様々な観点があり、求められる情報も異なりますが、圧倒的に多く求められる情報が求職者のSNSのフォロワー数です。新卒なら最低5000人程度からが考慮の対象に入ります」と意外なことも教えてくれた。

フォロワー数が多いと、企業側との関係が悪くなった際にネガティブな発言をされるというリスクが懸念されるからだ。また、副業NGの企業なら、広告収入の有無が問題になる。一方で、フォロワー数が多いと自社で採用するよりも、業務委託などで自社サービスを宣伝してもらう方向に切り替える企業もあるという。インフルエンサーであればフォロワー数5000人は少ない部類だが、一個人であれば5000人は十分に多いのだ。SNSに慣れているからこそ、この感覚は忘れないでおきたい。

「マイナス評価の決定打となるのは、行動よりも発言であることが多いですね。友人や第三者に対する辛らつな発言や誹謗中傷などです。悪気はなくても、何も考えずに勢いに任せて発言する人を企業は嫌がっています」というのも軽視できない指摘だ。

発言という観点では、企業の口コミサイトへの投稿も意外と見られている。履歴書に記載されている辞職した時期と口コミサイトへの投稿の時期、年齢、性別、部署などが一致していると、本人である確率は高い。前職の同僚を社名つきの実名や苗字、イニシャルで記して「こいつのマネジメントが云々」と書いていたら、大きなマイナスポイントとなるのは言うまでもない。

「前職でいい辞め方をしなかった人は、次の会社でも同じような辞め方をするだろうと思われます。政治的な発言も歓迎されません。それ一つが合否に直結するかどうかまでは分かりませんが、合否を決める材料の一つとして扱われてしまいます」と聞けば、発言に対する責任がぐっと重く感じる。

情報を隠す「鍵アカ」はどう判断されるか

後先を考えなかった投稿が命取りになりかねない。とあらば、何らかの対策を講じなければなるまい。

「アカウントは仕事用とプライベート用に分け、プライベート用は鍵アカウントにしてごく私的な発言はそちらで行う――そういった対策はやはり必要だと思います。危ない投稿を自分で探し出して消す時間はなかなかないですから。今は一言発したら世界中に拡散してしまうので、投稿前にいったん立ち止まって考える習慣をつけないと」と五味渕氏は助言する。

鍵アカウントは陰でこそこそと話している印象があり、見つかるとマイナス評価になるのではと思う人もいるかもしれない。しかし、五味渕氏は「たとえ見つかったとしても、きちんとアカウントを使い分けられているという点で、リテラシーがあると評価されることのほうが多いんです」と肯定する。

そうしたITリテラシーに敏感なのはやはりIT関連企業で、五味渕氏への依頼もIT関連企業が圧倒的に多いという。

「今はデジタルネイティブの世代も就職する年齢です。エンジニアなどはGitHubなどプロが集まる場での発言が多いですから、事前にそこを見ておきたいというニーズがありますね。また、最近増えてきたのが飲食業。動画テロ、バイトテロのようなトラブルを警戒しています」というように、記憶に新しいニュースも採用に影響しているようだ。

もっとも、投稿にも「時効」がある、と五味渕氏は言う。企業によっては10年前までさかのぼって発言を見ている会社もあれば、直近3年ぐらいでおかしな発言がなければいいという企業もある。

「例えば、40歳近い求職者がかつて暴走族に属していた10代の頃の写真を上げている程度なら、すでに記念や思い出のレベルです。アラートとして報告はしますが、いわば参考記録のようなもの。企業側がどう判断するか断言はできませんが、誰にでも『忘れられる権利』というものはあると思っています」というのは、ちょっとした安心材料といえるのではないだろうか。

SNSは減点だけではなく加点対象にもなる

意外に見落としがちなのは、実は企業は求職者のネガティブな情報ばかり求めているわけではないこと。「むしろポジティブな情報を積極的に欲しがっている」と五味渕氏は話す。

「ビジネスパーソンとして成長したいという意欲を示す投稿はどんどん上げたほうがいいでしょう。美容サロンに通って見た目をきれいにしよう、自分を高めようとする活動も評価されています。“意識高い系”と一般にはネガティブな評価をされるような事柄も、採用においてはプラス評価になるんです」。転職を考えているなら、積極的に活用したいSNS戦略といえるだろう。

最後に、五味渕氏は意外な事例を話してくれた。

「真面目そうで経歴も立派な男性が別のアカウントで女の子の格好や、アニメやゲームのコスプレをしていることが判明するケースはとても多いです。誰かに見てほしいという気持ちが大きくて、鍵をかけないんですよ。ただ、それをこちらが報告しても採用されている場合もあります。そういった面での企業側の許容度は広がっていると感じます。また、例えば『過去歴でガールズバーはいいけどキャバクラはダメ』といった非常に細かいところまでスコープして、可否のルールを決めている企業も見られるようになりました。企業側もSNSチェックを通して自社にとって何がOKで何がNGなのか解像度を上げているのではないでしょうか」。

これまで一律にNGとされてきた投稿も、時代とともに評価の基準が変わりつつある。SNSを自己表現やブランディングの場として前向きに活用すれば、自然と投稿の質も洗練されていくだろう。今こそ、SNSとの向き合い方をアップデートするときだ。

(取材協力=五味渕久昭 執筆=西川修一 撮影=海老澤芳辰)