ネットもテレビも、転職サイトや転職エージェントの広告であふれかえる今。「会社を辞めたい」と思うとつい、「どこに登録しようか」と考えてしまうのではないだろうか。しかし、これまで多くの女性のキャリアや転職の相談に乗ってきた、キャリアアドバイザーの藤井佐和子さんは「その前にまず、キャリアの方向性を決めておくことが重要」と説く。30代の女性が転職を考えるとき、最初に何をするべきなのか、転職サイトや転職エージェントはどのように活用するといいのか、藤井さんに詳しく聞いた。
「何ができるのか」を問われる30代後半以降。転職を考える女性がすべきこと
藤井さんのところに相談に来る30代の女性は、「今のうちに転職しておかないと、40代では転職が難しくなるのではないか」と心配する人が多いという。「でも、実際はまったくそんなことはなく、40代になったからといって、急に転職が難しくなるということはありません」と藤井さんは言い切る。
ただ、世代によって転職のアプローチが変わるのは確かで、「求人の内容を見ると、20代~30代前半は『未経験者OK』などポテンシャルで採用する案件も多いですが、30代後半~40代になると『何ができるのか』が問われるようになります。自分の『売り』がないと、転職は厳しくなる可能性があることは念頭に置いてください」という。
では、転職を考え始めたとき、最初に何をすべきなのだろうか。
藤井さんは、「転職活動に入る前に、キャリアの方向性を決めておくことが重要。まずは、スペシャリスト(専門家)か、ジェネラリストかで考えてみるといい」と説く。
スペシャリストであれば、おのずと突き詰めたい専門性も明確になるだろう。一方ジェネラリストは、与えられた仕事をこなしながら成長していくタイプの人が多いので、将来のキャリアビジョンを持っていない人も多い。それは別に悪いことではないが、少なくとも「管理職を目指すかどうか」は考えた方がいい。つまり、転職を考えるにあたっての方向性を、「管理職を目指す」「キャリアチェンジをする」「専門性を磨く」の3つから選ぶのだ。
だが、ここではつい「知っているから」「身近だから」「わからないから現状維持で」という選び方をしてしまうことが多い。「でも、持っている情報は偏っていることが多いものです。社内や社外で、実際にその道を選んだ先輩を探して話を聞くなどして、できるだけバランスよく情報を集め、フラットな状態で比較検討してほしい」と藤井さんは話す。
特に「管理職」については、「なんとなく大変そう」「自分には無理そう」と、よくわからないままで選択肢から外している人が多いが、そうした場合デメリットもある。
「給料をアップさせるためには、大きく2つ、管理職になるか、専門性を上げるか“しか”ないからです。例えば将来『マンションを買いたい』『子どもを留学させたい』など、自分がどんな暮らしをしたいか、それを実現するためにどうやって稼ぐかを考えてみてください。キャリアプランとマネープランはセットで考えるべきです」(藤井さん、以下同)
もちろん、「管理職も専門性も求めない」という選択でも問題はないが、その場合は「持ち家は難しくなる」「子どもの教育にそれほどお金が掛けられなくなる」など、マネープランの面でトレードオフが生まれることは、考慮に入れておいた方がいいだろう。
おすすめは「転職サイトを見る習慣作り」からスタート
方向性が定まったところで、「いよいよ転職活動だ」となると、思い浮かぶのは転職サイトや転職エージェントの利用だろう。ネットを介した転職関連サービスをまとめて“転職サイト”と呼ぶこともあり、また、サービスの多様化から線引きが難しいケースもあるが、両者のサービス内容は厳密には異なる。
転職サイトとは、求人票を閲覧できるサイトであり、そこから適した情報を自分で探すことになる。大手のリクナビNEXTをはじめ、求人検索エンジンであるIndeedなどがあてはまる。一方、転職エージェントは、求職者に対して最適な求人の紹介を行う。登録を行うと一人一人に担当が付き、さまざまな相談を行える点が転職サイトとの違いだ。リクルートエージェント、マイナビAGENTといった大手のほか、業界や職種、ベンチャーなど領域特化型のエージェントも存在する。「選ばれた人だけのハイクラス転職サイト」と銘打つビズリーチは、求職者と転職エージェント・ヘッドハンターをつなぐプラットフォームである。
サービス名 /企業名 |
ざっくり とした分類 |
特徴 |
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リクナビNEXT/株式会社リクルート | 転職サイト | 日本最大級の求人情報量を誇る。 |
ビズリーチ/株式会社ビズリーチ | 転職サイト | 求職者と転職エージェント・ヘッドハンターをつなぐプラットフォーム。ハイクラス向けのスカウトサービス。 |
Indeed/Indeed Japan株式会社 | 転職サイト | 世界No.1の求人検索エンジン。 |
女の転職type/株式会社キャリアデザインセンター | 転職サイト | 女性向け。「残業の有無」や「産育休活用例の有無」などの情報を求人ごとに紹介。 |
doda/パーソルキャリア株式会社 | 転職サイト・転職エージェント | dodaエージェントサービスとして、業種・職種ごとの専任のキャリアアドバイザーがマッチングを行う。 |
リクルートエージェント/株式会社リクルート | 転職エージェント | 保有する求人の多くが非公開求人で、その数は業界最大級の約30万件(2023年3月23日時点。求人数=採用予定人数)。 |
マイナビエージェント/株式会社マイナビ | 転職エージェント | 保有する求人のうち、約80%が非公開求人。マイナビエージェントのみが保有する「独占求人」の取り扱いもあり。 |
そう聞くと「まずは転職エージェントに登録しよう」と考えてしまいがちだが、藤井さんが勧めるのは、まず「できること」ではなく「やってみたいこと」を軸に、転職サイトで求人情報を見る習慣を作ることだ。
その理由について説明するために、藤井さんは、典型的な「失敗例」を紹介してくれた。
「転職エージェントのサイトを見ると、『気軽にご相談ください』『まずはご相談を』とあるので、とりあえず登録して相談に行く人も多い。そうするといきなり求人案件を紹介されます。でも本人の中で『どんな転職をしたいのか』が固まっていないと、どの案件を見てもピンと来ない。それで結局『いい案件がない』と転職をあきらめてしまう人は少なくありません」
転職エージェントが言う「相談」とは、求人紹介の相談だ。ある程度、自分の要望を固めてからアドバイスを受けないと、効果的な転職活動はできない。
転職サイトで求人案件をたくさん見ていると、自分の希望が明確になってくるのだという。
「『いいな』と思う案件を選んでいくと、おのずと共通点が見えてきます。自分は会社の風土、働き方、人間関係、成長機会などのどれを重視しているのか。ベンチャーがいいか、大企業がいいのか。どんな仕事に魅力を感じているのか。自分のこだわりや優先順位がわかってくるはずです」
転職サイトと転職エージェントは戦略的に使い分ける
転職サイトで求人情報を見る習慣をつけることの目的はもう一つある。視野を広げ、世の中にあまたある職業を知るためだ。
「新卒で入った会社でずっと働いている人は、『世の中には自分が知らない業種・職種がこんなにあるんだ』ということを知らないことが多いものです。職業・職種の選択肢の視野を広げておくことは、今後の自分のキャリアを考えるうえでもメリットが大きい」と藤井さんは話す。
例えば、新卒で経理部に配属され、40代までずっと経理を担当してきて、「会社がつまらないから転職したい。経理しか知らないので、経理の仕事を探そう」という人の場合、実はそれは、「会社がつまらない」のではなく、本人が経理の仕事に合っていないだけという可能性もある。「もしかしたら転職しなくても、異動して、社内の慣れ親しんだ環境の中で別の職種にチャレンジする方が、より楽しく働きながら成長できるかもしれません」
求人情報をたくさん見て自分の方向性が見えてきたら、転職サイトや転職エージェントを活用し、「軽い気持ちで面接を受けてみることをお勧めします」と藤井さんは提案する。
面接慣れも目的の一つだが、面接を受けてみることで、求人票を見たときの“解像度”が上がることも大きい。
「求人票に書かれていることと面接でのやり取りがどのようにつながっているのかがわかって、求人情報の見方が変わるはずです。また、面接で『これまで何をしてきたか』『これから何をしたいのか』『強みは何か』などを聞かれるうちに、キャリアの“棚卸し”もできます」
その際は、転職エージェントを活用すれば、希望に合った求人案件を探してくれる。いい担当者に当たれば、「この会社が今、この求人を出している理由」「上司になる人の人柄」など、あまり表に出ていない情報を提供してくれることもある。模擬面接をしてくれたりすることもあるという。
藤井さんは「転職サイト、転職エージェントの両方を使ってみてもいいでしょう。方向性が絞れているのであれば、転職サイトの利用をやめて、エージェントの活用だけにしてもいい」と話す。
キーワード「子持ち」で検索は必要? 女性特化型の転職サイトを選ぶべき?
ただ、転職サイトや転職エージェントはたくさんあり、選び方や使い方で迷う人も多いだろう。
藤井さんは「最近は採用意欲が旺盛ですし、ダイバーシティ推進の観点から女性を優先して採りたいという企業も多いので、必ずしも女性特化型のサービスでなくても大丈夫です」と話す。
さらに、「特に首都圏の企業は、30代の女性が応募してくると、子どもがいる可能性があるという前提で考えることが多いので、最初から『子あり』といったキーワードで探したり、仕事と子育ての両立のしやすさを前面に出している会社に絞り込みすぎたりしない方がいい」と続ける。両立のしやすさが気になる場合は面接で直接聞いてみればいいし、「子育てとの両立については、仕事内容や制度も重要ではありますが、実際は風土に左右されることが多い。ネットの情報だけに頼らない方がいいでしょう」と説明する。
転職がスムーズにいく人、苦戦する人
30代女性の転職のポイントとして、藤井さんは「ネットとリアルの両面で情報を集めること」「問題意識や課題発見力をつちかうこと」の2つを挙げる。
ネットだけでなく、社内外で勉強会やセミナーに参加するなど、リアルのつながりがある方が、視野が広がり、高い視座で自分のキャリアを考えられるようになる。また、そこで得た人脈から得られる生の情報は、業界・業種や会社選びの参考となる。中には、求人中の企業を紹介されるなど転職に直結する情報を得られることもあるという。
また、転職となると「言われたことだけきちんとできる」だけでは厳しく、キャリアの選択肢も広がらない。「日々の仕事の中で、『これはおかしいんじゃないか』『もっとこうすべきでは』などと考えて行動に移していくことで、問題意識や課題発見力を高めてほしい」と藤井さんは強調する。
通年採用が当たり前になりつつあり、中途採用者が活躍しやすい環境が広がっている。年末年始は、地元の同級生に会って他社や他業界の話を聞き、刺激を受けたり不安が生まれたりすることもあるだろう。新しい年を飛躍の1年とするべく、まさに今を、自分のキャリアについて改めて考える機会としてほしい。
(取材協力=藤井佐和子 執筆=大井明子)