周囲から高く評価されても、「いえいえ私なんて」と否定する人は多い。医師の田中遥氏は「頑張っているのに自分を過小評価してしまう『インポスター症候群』は、とくに日本人に多い。だが必要以上に謙遜しすぎると、周囲から見下される原因になる」という――。

※本稿は、田中遥・加藤紘織『「どうせ私なんて……」がなくなる「謙遜さん」の本』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。

夜、考え事をして眠れない人
写真=iStock.com/janiecbros
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帰宅後はクタクタなのに……ひとり反省会がやめられない

たとえば、こんなことに心当たりはありませんか?

「気が利いていて助かる」といわれるのだけど、日中は気を張り詰めているので、帰宅後はいつもクタクタ。それなのに、頭の中は忙しくて「あのとき、こうすればよかった」「○○さん、気を悪くしていないかな」と、ひとり反省会がやめられない。

自分に実力がないのはわかっているから、誰かに評価されたり「期待してるよ」といわれたりしたら、プレッシャーを感じてしんどい。

人前でほめられると居心地が悪くて「ほかのみんなも同じようにがんばっているのだから、そんなにほめないで」と思ってしまう。

これらの項目には、ひとつの共通点があります。

それは、「自分を認められないこと」が原因で、違和感を覚えたりストレスを感じたりしている点。すべて謙遜さんの特徴です。

自分を認められない人には、このほかにも、さまざま気質があります。

まずは、次のチェックリストをみて、当てはまるところにチェックをつけていってみましょう。

謙遜さんチェックリスト

当てはまると思う項目にチェックしましょう!

□ いつも周囲の評価が気になる
□ 周りから期待されるとプレッシャーを感じる
□ 気がつけば人を優先し、自分のことをあと回しにしている
□ 周りの状況に影響されやすいタイプだと思う
□ 自分の成功や努力なんて大したことはないと思う
□ 「自分なんて」が口癖になっている
□ 人からほめられたときに反射的に否定することが多い
□ 人と意見交換をする場面で、自信をもって意見を主張できない
□ 自分の強みや得意なことを挙げるのが苦手
□ 小さなミスも含め、物事がうまくいかないのは自分のせいと考えがち
□ どちらかというと、失敗したほうに目が向きやすい
□ 目標を達成するための努力が足りないと感じている
□ 小さな進歩や変化では満足できず、もっとがんばらないとと思う
□ 「すぐに結果を出さなければ」と考えるタイプだ
□ 自分の努力や能力を客観的に評価するのはむずかしい

必要以上に謙遜すると見下される原因になる

どうでしたか? いくつチェックがついたでしょうか。

ひとつでも当てはまったら、あなたは謙遜さんだといっていいでしょう。

ただし、「やっぱり……」とため息をつかないでくださいね。

謙遜自体は、決して悪いものではありません。

むしろ、調和のとれた人間関係を築くうえで大切な行為です。

もともと、人に対して謙虚にふるまう謙遜の文化は、日本人の美徳といわれてきました。謙遜は、人間関係をスムーズに築いていく先人の知恵ともいえます。

でも必要以上に謙遜しすぎると、さまざまな問題が起こってきます。

たとえば、いつも人に気を使っているのに、なぜか自分は人から見下されたり、ないがしろにされたり、あるいは、「自分なんて」と自己卑下してしまったり……。

「考え方」「とらえ方」を変えれば心は大きく変わる

私のクリニックにも、自分を過小評価してしまい、生きづらさを感じている謙遜さん的気質をもった方がよく来られます。

お話をうかがうと、その中には、周囲からの評価が高い方もいらっしゃいます。それなのに、なぜか自分への評価を正しく受け取れず、行き詰まっているのです。

しかしそんな方たちも、カウンセリングや心理療法をとおして、どんどん自信を取り戻していかれます。

自分自身や置かれた状況をみつめ直すうちに、自分の中に大きな変化が起きる。

つまり、「考え方」や事実の「とらえ方」を変えれば、同じ状況でも心のありようは大きく変わるのです。

そこでこれから、謙遜さんがストレスを感じてしまう心のしくみをみていきます。

謙遜さんとは、どんな存在でしょうか。

そして、謙遜さんになってしまう原因はなんでしょうか。

まずは最近、臨床の現場で話題になっており、本書の「謙遜さん」のベースにもなっている、ある症候群についてお話しするところからはじめましょう。

日本人の4人にひとりが「インポスター症候群」

あなたは、「インポスター症候群」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

インポスターとは、「詐欺師」や「ペテン師」のこと。

優秀で社会的にも成功しているのに自信がもてない。実力や実績は周囲から認められているにもかかわらず、自分の能力のなさがいつかバレるのではないかと常に恐れている。そんな一連の症状を指します。

この「インポスター症候群」をベースにその気質がある方も含めて、本書では謙遜さんとお呼びしています。

この症候群は、周囲からみたらハイスペックで、きわめて優秀な人に多いのが特徴です。学歴も高く、キャリア的にも周囲から憧れられる地位を築いた人、それも女性に多くみられます。

最近では、映画『ハリー・ポッター』シリーズで有名なエマ・ワトソンやハリウッド女優のシャーリーズ・セロン、元アメリカ大統領夫人ミシェル・オバマなどが、この症状だったと公表して話題になりました。

古くは、夏目漱石やアインシュタインも「自分に自信がもてない」と周囲にもらしており、インポスター症候群だったのではないかともいわれています。

2024年2月に行われたミラノファッションウィークに登場し、会場に集まったファンに向けて挨拶するエマ・ワトソン
写真=©Cinzia Camela/LPS via ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ
2024年2月に行われたミラノファッションウィークに登場し、会場に集まったファンに向けて挨拶するエマ・ワトソン

丸の内・大手町に勤める会社員の半分以上が当てはまる

また株式会社ヴィエリスが2021年に発表したデータでは、丸の内・大手町に勤める会社員男女各110名のうち、インポスター症候群の症状に当てはまる人は、男性の約半数、女性の6割にものぼったそうです。

自分のことをインポスター症候群だと自覚している人は、男性が5人にひとり、女性は3人にひとり。男女合わせれば、4人にひとりでした。

意外に多いと思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

それだけ謙遜さんは、隠れているのです。

もちろん、これは大人に限った話ではありません。

先生、どうか皆の前でほめないで下さい いい子症候群の若者たち』(2022年・東洋経済新報社)の著者である金間大介先生も、「現在の大学生の多くは、能力の面において自分はダメだと思っている。その心理状態のまま、人前でほめられることは、ダメな自分に対する大きなプレッシャーにつながっている」と語っています。

そして、ほめられた直後に、それを聞いた他人の中の自分像が変化したり、自分という存在の印象が強くなったりするのを、ものすごく怖がるといいます。

人前でほめられるのが苦手、むしろみんなの前でほめないでほしい。

みんなと同じでいたい……。昇進したくない。

そういったお話は、謙遜さんである患者さんからもよく聞くお話です。決してこれらの事例は珍しいことではないのです。

もしあなたが、周囲からは「すごいね」「成功してるね」といわれるのに、「自分は過大評価されている」と不安をもっているとしたら。あるいは、どんなにがんばって成果をあげても満足できず疲弊しているとしたら……。

その背景には、このインポスター症候群的な考え方が隠れているのかもしれません。

完璧を求めるがあまり、インポスター症候群になる

インポスター症候群の人は、次のような傾向があります。

・自分を客観的に振り返る余裕がなく、周囲の期待に応えようと必死で努力を続ける
・自分の成功や実績よりも、過去の失敗や不足点に注意がいく
・「いつか失敗してしまうかもしれない」といつも考えている
・成功は、運や周囲のおかげで、自分の能力によるものではないと考える
・周囲の評価は、自分にはもったいないと思う
・プライベートでも仕事のことを考えている
・失敗や批判が怖いのでチャレンジしない

なぜ、誰もが認める実績があるのに、このように考えるのでしょう。

その背景には、強い責任感や完璧主義があるといわれています。さらに、「不安型愛着障害」があるケースも。

これは、子どもの頃に親と安定した関係を築けなかったせいで、常に不安を抱えている状態です。ほかにも、こんな背景があると報告されています。

・親や周囲からほめられることが少なかった
・「女性は女性らしく控えめに」といわれて育った
・昔から、よく孤独感や劣等感を感じた

……どうでしょう。「あれ⁉ これって私にも当てはまるかも」と思った方も少なくないのではないでしょうか。

謙遜さんには、成功できる資質がある

とはいえ、もちろん「当てはまる要素がある=インポスター症候群」ではありません。この症候群の研究ははじまってまだ間もなく、専門家でもさまざまな見解があります。また「症候群」と名づけられていても、必ずしも「病気」でもありません。

くわしくご紹介したのは、自分を知る手がかりとしていただきたいからです。

当然ながら、インポスター症候群によるマイナス感情のせいで生活に支障をきたすなら、カウンセラーなど専門家のサポートが必要です。

しかし、ちょっと視点を変えてみましょう。

すると、この症候群のポジティブな側面もみえてきます。

このような気質が、人生を前進させる推進力となっている場合もおおいにあるのです。

田中遥・加藤紘織『「どうせ私なんて……」がなくなる「謙遜さん」の本』(飛鳥新社)
田中遥・加藤紘織『「どうせ私なんて……」がなくなる「謙遜さん」の本』(飛鳥新社)

たとえば、「過大評価されている」と思うから、人知れず努力して結果が出せます。また、失敗を怖れるから、リスクヘッジができてトラブルに対処できます。

つまり、「自分はまだまだだ」と思っているからこそ人一倍努力し、失敗しないように細心の注意を払い、成功できるわけです。

社会的に活躍している方が、この症候群に名を連ねているのもうなずけますね。

もちろん、みなさんも自分の気質や考え方の癖を把握し、バランスを取るよう意識すれば、自らの資質をいい方へ活かせます。

ですから、たとえ謙遜しすぎる傾向があったとしても悲観することはないのです。