なぜ短時間睡眠(短眠)がビジネスパーソンに注目されるのか。14万人以上の睡眠改善に関わってきたスリープコーチの角谷リョウさんは「メリットとデメリットを正しく理解すれば、短眠は最強の武器になる」という――。

※本稿は、角谷リョウ『一日の休息を最高の成果に変える睡眠戦略 世界のビジネスエリートが取り入れる「7つの眠り方」』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。

1日5時間程しか寝なかったザッカーバーグ

フェイスブック(現Meta)を創業し、世界最大のソーシャルネットワークサービスへと成長させた天才経営者マーク・ザッカーバーグはかつて、1日5時間程度しか寝ずに働いていることで知られていました。

2024年2月17日、カリフォルニア州アナハイムのホンダセンターで開催されたイベント、UFC 298に出席したマーク・ザッカーバーグ
写真=Zuffa LLC via Getty Images/ゲッティ/共同通信イメージズ
2024年2月17日、カリフォルニア州アナハイムのホンダセンターで開催されたイベント、UFC 298に出席したマーク・ザッカーバーグ

フェイスブックをまたたく間に時価総額で世界トップ10に入る巨大企業へと成長させたその手腕や能力は、もはや人類史上に残るレジェンドです。

本稿では、ザッカーバーグに限らず世界中の著名な実業家たちが創業当初に実践していた「短眠戦略」について解説します。

疲れ知らずで常に火事場の馬鹿力全開。毎日忙しすぎてぐったりという人はまず短眠をやってみるべきです。一方で、映画『ソーシャル・ネットワーク』で描かれた若き日のトラブルメーカーぶりは、短眠の副作用の典型例。短眠のメリット・デメリットをしっかり理解してから実践するようにしてください。

1カ月で76時間以上も活動時間が増える

短眠の利点として、まず単純に仕事に充てられる時間が増えることが挙げられます。

第一三共ヘルスケアなどが展開する「年に一度の睡眠診断運動」は2023年、日本のビジネスパーソンの平均睡眠時間は6時間9分と公表しました。

睡眠時間を5時間に短縮すれば、活動できる時間は1日あたり1時間9分増える計算です。

さらに、正しい短眠を行うと、「眠っていないのにベッドにいる時間」が大幅に減ります。寝る前にベッドでスマホを見ていたり、朝起きるときスヌーズをかけて二度寝、三度寝したりといった時間をなくすことで、日中の活動時間を1日あたり2時間以上増やすことがこの戦略の目標です。

1日に活動できる時間が2時間増えれば1カ月で60時間ですから、実に2.5日分、活動し続けている時間が増える計算となり、効果は絶大です。

しかも、後述の通り睡眠不足を週末に繰り越さないため、休日にまとめて「寝だめ」をする必要がなくなります。

その結果、週末も無理なく短眠が続けられ、「土日の朝はたっぷりと眠る」という人に比べて休日は1日4時間もの活動時間をプラスできるのです。

1カ月に換算すると、週末だけで32時間以上。平日の1日2時間と合わせて、なんと1カ月あたり76時間以上も活動時間を上積みすることが可能です。

まさに、「時間は自分で作るもの」という金言を実現できるのが、短眠なのです。

回復効果という点で最強の短眠

正しい短眠を実践すると、眠りに就いた直後から急激に眠りが深まり、「深いノンレム睡眠」が長い時間続きます。

深いノンレム睡眠は成長ホルモンの分泌を促し、疲労回復に効果があります。

短眠は睡眠時間の多くを深いノンレム睡眠にする戦略であり、言い方を変えると「回復効果に全振りした睡眠法」ともいえます。

短眠がもたらす「長い活動時間」と「激しい働き方」で疲れ果てた肉体を、最も効率的に回復させてくれるのも、やはり短眠なのです。とにかく短眠は「回復する」という点では最強なので、その日の疲れを翌日以降に繰り越すことがありません。

睡眠不足が蓄積して心身に影響をきたす「睡眠負債」が起きにくいことが、週末も無理なく短眠を続けられるという結果につながるのです。

短眠を続けると、アドレナリン、ドーパミンという2つの脳内物質が増大するという研究結果があります。

脳内のイメージ
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アドレナリンは、「闘争と逃走のホルモン」と呼ばれます。生き物が生命の危機に瀕したときに分泌され、脳を興奮させたり、筋肉に大量の血液を供給して素早く動けるようにしたり、痛みや疲れを感じにくくしたりする働きがあります。

短眠でアドレナリンの分泌を増やすことで、生命の危機に瀕したときと同様、心身が爆発的な力を発揮します。意図して「火事場の馬鹿力」のような状態を作り出し、普段の自分では考えられないほどのパワーで働くことができます。

成功者の多くが勝負時に短眠を選んでいた

また、ドーパミンは、「やる気」や「意欲」に大きく関わる神経伝達物質です。集中力を増すことや、ポジティブな思考になることも知られています。

ドーパミンが増えると、困難な仕事にも敢然と立ち向かえるようになります。

「自分には難しいんじゃないか」と尻込みしたり、「あの見込み客は無理そうだなぁ」と気後れしたり、そんなネガティブな感情はふっとび、ポジティブ思考でぐいぐいと前進できる強いメンタルが手に入ります。

「あいつには負けたくない」といった強い気持ちから仕事への集中力も増大し、脇目も振らず黙々と課題を処理し続けることができるようになります。

先述したとおり、成功した経営者の多くが、勝負の時期に短眠をとっていたことがわかっています。人生の中でどうしても結果を出さなければならないとき、最大限の努力をしなければならないときには、取り入れてもいいのではないでしょうか。

クリエイティブな作業には不向きな短眠

ドーパミンとアドレナリンに突き動かされ「火事場の馬鹿力」を発揮している状態の人間は、目先の課題に集中し、考えられないほどの仕事量をこなすことができます。

一方でこの状態は、周囲を冷静に見渡して冷静な判断を下したり、ちょっとした遊び心で斬新なアイデアを生み出したり、といった仕事には全く向いていません。

テスラやX(旧ツイッター)を率いる天才経営者のイーロン・マスク氏はかつて、睡眠5時間で活動していることで知られていました。しかしある時期から、「判断力や想像力が落ちる」として睡眠を6時間に増やしたのです。

マスク氏ほどの立場になると単に仕事量をこなすだけでなく、全体最適を実現するためのハイレベルな判断や、独創的な発想も不可欠です。

短眠を実践し、後にそれを捨てたマスク氏の決断から、短眠によってもたらされる仕事モードが通用する局面と、そうでない局面があるということがわかります。

目覚まし時計
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短眠のメリットとデメリット

ただ仕事量をこなすだけの人にならないよう、適当な時期で戦略を切り替え、自身のレベルアップを目指すことも重要です。

私自身の経験でも、短眠の期間は脇目も振らずに最大の出力で仕事に没頭できる半面、細かなミスは増えてしまうことを実感しています。

お世話になっている方への連絡をつい忘れてしまったり、ダブルブッキングをしてしまったりといったことも多く、短眠を長く続けることは仕事上の人間関係に悪い影響を与えてしまう可能性があります。

角谷リョウ『一日の休息を最高の成果に変える睡眠戦略 世界のビジネスエリートが取り入れる「7つの眠り方」』(PHP研究所)
角谷リョウ『一日の休息を最高の成果に変える睡眠戦略 世界のビジネスエリートが取り入れる「7つの眠り方」』(PHP研究所)

ものすごい効果がある半面、細かなマイナス点があることもしっかり認識して、自分自身で意識的にミスをフォローすることを心がけた方がよいでしょう。

仕事上、信じられないほどの爆発力を発揮できる短眠ですが、このようなデメリットも理解し、安易に使いすぎないことが重要です。短眠の具体的な実践法と、理想的な睡眠環境の整え方については拙著『一日の休息を最高の成果に変える睡眠戦略』でも詳しく解説しているので、ぜひご参考にしてみてください。

ザッカーバーグはその後、短眠を卒業して睡眠の質と量にこだわるようになり、毎晩娘たちを寝かしつける穏やかな生活を手に入れています。短眠は、いざというとき、攻めに徹するときの戦略。続けるのは、長くても3年までにとどめるのが賢明です。