高齢になってもひとり暮らしを続けるために気を付けるべきことは何か。介護の分野で長く取材をしてきたジャーナリストの小山朝子さんは「年を重ねると『口は万病の元』という言葉が実感を伴って理解できるようになる。先々の健康のために口腔ケアは重要だ」という――。

※本稿は、小山朝子『自分で自分の介護をする本』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。

健康と要介護状態のはざま「フレイル」を予防する

「フレイル」とは加齢とともに心身の活力が低下し、要介護状態になる危険性が高くなった状態のことです。要介護の状態と健康の状態の中間に位置し、放っておくと介護が必要になる可能性がある一方、健康に戻れる状態でもあります。

フレイルの予防には①栄養、②体力、③口の健康、④社会参加が大切だといわれています。

ジム通いをしていた私はコロナ禍に有酸素運動ができるマシンを購入し自宅でトレーニングをするようになりました。スマートフォンで操作でき、トレーニングした日時や消費カロリーなども管理できるので便利です。ウォーキングは認知症予防にも効果があるといわれていますが、私は他者と歩くことで自分の歩く速さが遅いと気づかされたことがあります。

パリで公園を散歩していたときに太極拳のグループに遭遇しましたが、私も月に数回柔軟性を維持するために太極拳に通い、心を健やかに保つため一日に数分マインドフルネス(※1)も取り入れています。自分が無理なくできることを探してみてはいかがでしょう。

※1 いまこの瞬間だけを意識している心の状態

【図表】フレイルとは
※『自分で自分の介護をする本』(河出書房新社)より

寝不足は認知症の一因に

介護サービスや在宅医療を利用することなくひとり暮らしを続けていくためには要介護や認知症になるのを防ぐ心がけが大切です。その心がけのひとつがよい睡眠をとること。

夜の眠りには「運動」や「入浴」の習慣、体内時計の調整など日中の過ごし方が反映されます。よい睡眠をとるというのは口でいうのはたやすいですが、働く現代女性には難しい課題ではないでしょうか。あるカウンセラーの方が「寝ることに情熱を傾けてください」と話していましたが、私は最近この言葉を実践するよう努めています。

昨今では認知症と睡眠の関係も注目されています。認知症のなかでも最も患者数が多いアルツハイマー型認知症はアミロイドβというタンパク質が脳に蓄積し、神経細胞が破壊されることで発症するのではないかと考えられています。このアミロイドβは、ノンレム睡眠(脳も体も眠っている状態)のときに脳内から排出されるため、睡眠不足になるとアミロイドβが蓄積してアルツハイマー病になりやすいと考えられています。最近は自分の睡眠サイクルが確認できるアプリもあるので活用してみてはいかがでしょうか。

【図表】よい睡眠を得られる寝室の工夫
※『自分で自分の介護をする本』(河出書房新社)より

気分の落ち込みやイライラの原因は「隠れ貧血」の可能性

イライラする、気持ちが落ち込む、めまいがする、息切れや動悸がするといった症状がある場合、「年のせいかしら」と片づけてしまう女性は多いと思いますが、もしかしたら「隠れ貧血」(潜在性鉄欠乏症)かもしれません。

隠れ貧血は肝臓や骨髄などに蓄えられている「貯蔵鉄」が不足している状態のことです。貧血を調べる際には血液中のヘモグロビン(赤血球のなかに含まれる成分で、酸素などを運ぶ重要な役割を担う)の濃度で判断しますが、貯蔵鉄が不足しているかどうかは「フェリチン」の値で診断します。ところが会社や自治体の健康診断でおこなわれる血液検査ではフェリチンの値は測定されないため、「正常」と診断されるケースもあるようです。「隠れ」と表現されるゆえんです。

女性に貧血が多い理由は月経による出血で鉄分を失うことや、必要以上のダイエットも一因。ヘモグロビンの合成にはタンパク質も必要なので、肉や魚の摂取量が少ないと貧血症状に陥ります。自分をメンテナンスしながら健やかに過ごしていきましょう。

【図表】「隠れ貧血」チェックシート
※『自分で自分の介護をする本』(河出書房新社)より

更年期を上手に過ごす考え方

オランダで「ポジティヴヘルス」について取材しました。ポジティヴヘルスは「病気であっても、体に不自由なところがあっても、その状態に適応できていれば健康」という考え方。これは更年期症状がある女性にとって支えになる言葉のように感じています。

女性は40代に入ると女性ホルモンの分泌が次第に減少し、やがて閉経を迎えます。更年期は閉経前後の約10年間で一般に45~55歳といわれます。この期間に全体の約6割の女性が、ほてり、のぼせ、発汗、肩こり、暑い時期でも手足が冷たくなるといったことが見られます。さらに、抑うつや不安、不眠など心の変化も起きます。

更年期症状と更年期障害の違いは日常生活に支障をきたしているか、いないかです。後者であれば治療の必要性がありますが、日々の自分をコントロールできるのは、やはり自分でしかありません。「調子が悪くてもなんとか一日過ごせた」ことをよしとして、適度に自分を褒めながら日々暮らしていくのも、更年期を乗り切る方法の1つかもしれないと感じています。

【図表】ポジティヴヘルスの考え方
※『自分で自分の介護をする本』(河出書房新社)より

尿失禁の対策

40歳以上の女性の4割以上が経験しているともいわれる尿失禁。他者に相談するのは恥ずかしいとひとりで悩んでいる人も多いようです。そもそも尿失禁とは、本来用を足すべき場所以外で尿がもれてしまうこと。女性の尿失禁で最も多いといわれているのが「腹圧性尿失禁」(くしゃみや咳、重いものを持ち上げたときなどおなかに力がかかったときに起きる尿もれ)です。そのほか、「切迫性尿失禁」(急に尿がしたくなり、我慢できずにもれてしまう)、「溢流性いつりゅうせい尿失禁」(尿の出が悪く、少しずつもれ出てしまう)、「機能性尿失禁」(身体機能の低下や認知症が原因で起きる)などのタイプがあります。

困ったときは、泌尿器科や「尿失禁外来」がある病院などに相談してみましょう。また尿がもれるタイミングを把握するために排尿日誌をつける方法があります。時間ごとに尿量(計量カップや尿パッドを活用して計る)、尿もれの様子、水分量などを記録することで排尿のパターンがわかり、外出の際の対策も立てられます。腹圧性尿失禁は肛門や尿道・膣だけをしめてゆるめる「骨盤底筋体操」を継続することで改善する人もいます。

元気な90歳が続けている認知機能の低下も防ぐ口のケア

私は2~3カ月に一度、定期的に歯科医院に通っています。歯や歯肉の状態、虫歯の有無などを歯科衛生士に確認してもらい、プラークスコア(歯の磨き残しの割合)が高いときには、繰り返し歯磨きの指導を受けます。2022年6月に閣議決定した経済財政運営の指針「骨太の方針」には「国民皆歯科健診」が盛り込まれましたが、こうした国の動きとは関係なく、自主的に通っています。

歯科治療のイメージ
写真=iStock.com/mapo
※写真はイメージです

歯科医がおこなった調査によると、口のケアをおこなった高齢者は、そうでない高齢者と比べ、肺炎や発熱の発症率が低かったことがわかりました。さらに口のケアをおこなうことで認知機能の低下が予防できたという報告もあります。日頃お世話になっている歯科衛生士の話では、90歳で元気に歯のチェックに通っている方もいるとか。80歳になっても20本以上自分の歯を保つことを目標にした8020運動ということがいわれてきましたが、年を重ねると「口は万病の元」という言葉が実感を伴って理解できるようになります。先々の健康のために定期的な歯科医院通いは今後も続けるつもりです。

【図表】かかりつけ歯科医院の有無と認知症発症との関係
※『自分で自分の介護をする本』(河出書房新社)より

香りを楽しむことを生活に取り入れる効果

朝起きたら庭に出て、ローズマリー、タイム、レモンバーム、マートルなどハーブの香りを楽しむことが私の日課です。嗅覚は男性の場合60代、女性では70代から低下します。さらに、最近では認知症と嗅覚との関係も注目されており、においに鈍感になったら、アルツハイマー型認知症の初期症状が疑われるといわれています。

小山朝子『自分で自分の介護をする本』(河出書房新社)
小山朝子『自分で自分の介護をする本』(河出書房新社)

嗅覚が低下すると食欲が低下し低栄養になったり、食品の腐敗に気づけず食中毒になる可能性もあります。それだけでなく、ガスもれや煙の発生を感知できなくなるなど、生命に関わる危険性が高まるため、とくにひとり暮らしの場合には用心したいものです。

取材でパリに滞在した際、ハーブ薬局を訪れる機会がありました。ここではスタッフが個人の体調や悩みに応じてハーブティーなどを選んでくれます。私はアレルギーに効果があるハーブティーとミントのエッセンシャルオイルなどを購入しました。現地で体調を崩した際、ミントの香りにはずいぶんと助けられました。ミントには集中力を高めたり、記憶力を高める効果もあるといいます。ドイツでは嗅覚低下を回復させるため朝と晩の1日2回、さまざまな「嗅ぐ」というトレーニングがあり、治療にも使われているようです。