企業の人事・ダイバーシティ担当者が参加する「人事・ダイバーシティの会」。その第6回研究会が、対面とオンラインのハイブリッド形式で開催されました。今回は、自身も2度育休を取得したサイボウズの和田武訓さんを講師に迎え、男性育休にまつわる課題やその解決策について共に考えました。

(出演者)
サイボウズ チームワーク総研 所長
和田 武訓(わだ・たけのり)

『プレジデント ウーマン』編集長
木下 明子(きのした・あきこ)

男性育休「管理職の理解がない」

2022年10月に「出生時育児休業(産後パパ育休・男性版産休)制度」が施行され、2023年4月からは大企業には男性の育休取得状況の公表も義務付けられました。現在、各企業とも男性育休の取得推進に取り組んでいますが、「施策を打ってもなかなか成果が上がらない」と悩む人事担当者も少なくないようです。

そこで今回の研究会では、男性が育休を取るうえで何が障壁になっているのか、どうすればそれを取り除けるのかといったことを、講演やグループディスカッションを通して考えました。

講演では、企業の自律型組織づくりを支援する「サイボウズ チームワーク総研」所長の和田武訓さんが登壇。小学校1年生の娘と3歳の息子を持つ父親でもあり、これまでに2度の育休を取得しています。冒頭では、企業やそこで働く人たちの近年の変化についてこう語りました。

「コロナ禍以降、多くの企業で働く場所や時間が柔軟になり、働く人たちの価値観も『どう働きたいか』から、仕事や子育てを含めて『どう生きたいか』を重視する方向に変わりつつあります。男性育休についても、企業が本人と対話して、その価値観を共有し受け止めることが大事になってきていると思います」

しかし現状では、男性の育休取得率は上昇はしているものの目標には程遠いそう。取得が進まない理由としては、「管理職層(育休を取る男性がいなかった世代)の理解がない」「取得させると本人のモチベーションが下がる」「出世コースから外れてしまう」「育休に対して否定的、消極的な考え方」「育児は女性中心にすべしという性別役割分担意識」といった声をよく聞くそうです。

これらを取り除いていくには、育休に否定的な人がなぜ否定的なのか、本人と対話して理由をシェアすることも重要だといいます。一般的に、男性育休に否定的なのは管理職層の世代に多く、「取得を希望する世代とその上司との間に大きなギャップがある」と和田さん。

サイボウズ チームワーク総研所長 和田武訓さん
撮影=小林久井(近藤スタジオ)
サイボウズ チームワーク総研所長 和田武訓さん
「人事・ダイバーシティの会」第6回研究会の様子
撮影=小林久井(近藤スタジオ)

上司と取得希望者の間に大きなギャップ

チームワーク総研では、男性の育休取得期間について、上司と取得希望者本人それぞれが考える「理想と現実」を調査しました。その結果、上司が許容範囲とする期間は理想も現実も「1週間未満」という回答がトップだったのに対し、取得希望者本人の理想は「半年〜1年未満」、現実的に取れそうなのは「1週間未満」がトップでした。

「この結果から、取得希望者はもっと長く取りたいと思いながらも、現実的には上司や職場の雰囲気に合わせざるを得ないと考えている様子がうかがえます。本人の中にこうしたモヤモヤがたまると、よその会社へ行ってしまう可能性も。会社側としては彼らのモヤモヤを受け止めるような施策が必要です」

目指すべきは、半年取りたい人も1週間取りたい人も、それぞれが希望通りの期間を取れる環境。和田さんは「一つひとつ形の違う石で石垣を作るように、一人ひとりの個性を生かした組織づくりが理想」と語ります。そして、理想形に向けて組織を変えていくためのポイントとして、次の3つを挙げました。

組織を変えるために大事なこと
風土:一人ひとりの行動や意識を変えることで変化が生まれる。これにはトップメッセージが効果大。

制度:トップメッセージを現場に生かせるよう、例えば在宅勤務や人事評価などのルールを定める。これにより人の行動が変わる。

ツール:情報共有クラウドやビデオ会議などの導入。コミュニケーションが効率的にできるようになる。

最終的に目指すのは①の風土変革で、②と③はその具体策。ただ、制度変更やツール導入は比較的すぐ実現できるものの、風土を変えるには時間がかかります。有効なのは、トップの「率先垂範」、部署を超えて成功事例をシェアする「ロールモデルの横展開」、現場の声を届ける「ボトムアップ」の3つ。和田さんは、これらを同時に続けていくことが大事だといいます。

「ボトムアップのアプローチとしては、個々に声を上げさせるよりも分科会のようなチームをつくってあげたほうがいい。意見や要望を効果的に上層部や他の社員に伝える手段として有効です。

たとえば、育休を半年取りたいという要望がある場合、関連する社員や関係部署の代表者などからなるチームを結成し、この要望について意見を集約します。その後、上層部や他の社員に向けて、議論の経緯やチームから出た意見を伝えることで、個々の声や思いを後押しし、意思決定プロセスに反映させることができます。」

では、サイボウズではどう風土改革を進めてきたのでしょうか。以前は長時間労働が当たり前という風土だったそうですが、2010年以降、青野慶久社長が3回にわたって育休をとったことで、会社全体が徐々に変わり始めました。

青野社長は、1回目は2週間の育休、2回目は半年間毎週水曜日を育休日に、3回目は半年間毎日16時退社と、それぞれ形を変えながら育休を実践。ただ、1・2回目はメディアからは注目されたものの、社内に浸透するには至らなかったそうです。

「人事・ダイバーシティの会」第6回研究会の様子
撮影=小林久井(近藤スタジオ)
「人事・ダイバーシティの会」第6回研究会の様子
撮影=小林久井(近藤スタジオ)

2度の育休でチームに何が起こったか

ところが3回目の育休からは、時短勤務の社員が罪悪感なく早帰りできるようになり、これが他の社員にも波及し始めました。「皆が、早く帰っても仕事がちゃんと回るということに気づいた」そうで、以降、効率的に働く、明日でもいいことは明日に持ち越すなど、皆の働き方が徐々に変わっていきました。

同時に、青野社長も全社員に向けて「子育て>商売」という価値観を発信。子どもが減れば次の市場がなくなる、つまり自分たちの商売が成り立たなくなるとして、子育てや育休取得を応援する姿勢を明確にしました。

こうして風土が変わり始めたころ、和田さん自身も1回目の育休を取得。最初の1週間は16時に退社できるよう勤務時間を前倒しにし、その後に育休を2週間、週4日在宅勤務を1カ月間という形でとったそうです。2回目は育休を2週間とった後、コロナ禍ということもありフルで在宅勤務に。

上層部からは「働く場所が変わるなら給与も変更しないといけないのでは」という声も出たそうですが、チームメンバーは「和田さんが休んでも困らないので安心して休んでください」と、冗談を交えながら快く送り出してくれたといいます。

「2度の育休で感じたのは、いなきゃいないで意外と他のメンバーでカバーできるということ。いない前提で業務が再構成されたり、思わぬメンバーが活躍したりするほか、誰かが職場を長期離れることについてチーム内にノウハウが蓄積されるという利点も実感しました」

和田さんは「人事担当者は男性の育休取得者を支えてあげてほしい」と語ります。マーケティングで使われるキャズム理論に男性育休に当てはめると、「前例はないが自分はこういう形で取りたい」と声を上げる人たちはイノベーターに当たるといいます。

人事担当者が支えるべきなのは、このイノベーターたち。彼らの希望をかなえるには周囲の説得も必要になりますが、その際は「トライアル」という言葉が魔法のキーワードとして力を発揮するそうです。

和田さんは「上層部などに反対されたら『トライアルとして試験的にやってみましょう』と説得するのがおすすめです」と語り、最後に男性育休取得を推進するためのポイントを次のようにまとめました。

実践していくうえでのポイント
●目的を共有する
●上からやる
●全員やる
●「よかったことリスト」を作る
●「できなかったことリスト」を作る

「『よかったことリスト』は社内にポジティブな空気をつくっていくのが目的で、実際に男性育休をとった人の声などを入れるといいでしょう。『できなかったことリスト』は改善点の洗い出しや制度変更の検討などに必要なもの。この2つのリストはすべてのチームに作ってほしいですね。そして、社内でぜひ共有していただきたいと思います」

参加者全員で課題や事例を共有

講演後には質疑応答が行われ、続いてグループディスカッションが始まりました。対面形式での参加者とオンラインでの参加者の2組に分かれ、和田さんと木下編集長も両方に代わる代わる参加。約40分間にわたって皆で意見を交換しました。

男性育休の取得にあたっては職種や業界ごとに異なる課題があるようで、「営業職は属人化が進んでいるため取りたくても取れないケースが多い」「技術職では、自分のスキルを他の人に引き継ぐと戻る場所がなくなるから取りたくないという人が多い」「店舗の責任者が休むと近隣店舗から同じ責任者格の人を呼ぶ必要がある」などの意見が出ました。

「取得者のインタビュー動画を社内公開しているが、社員の心に響いていないように感じる」といった、施策に関する相談も。こうした課題感を皆で共有するとともに、和田さんや木下編集長が経験に基づいたアドバイスやエールを送る場面もありました。

また、ある企業の人事担当者は自社の取り組み事例を共有。Web社内報で男性の育休取得者とその職場メンバーの体験談を公開する、上司から取得者に仕事と育児の両立に関するハンドブックを渡すなどの取り組みを実施しており、効果を上げているそうです。

「人事・ダイバーシティの会では、今後も女性活躍やダイバーシティ推進に役立つ情報を発信していきます。女性リーダーが特別ではない社会を目指して、共に頑張っていきましょう」と木下編集長。参加者が抱える悩みや課題の解決に向けて、同会の取り組みは続きます。

「人事・ダイバーシティの会」第6回研究会の様子
撮影=小林久井(近藤スタジオ)
「人事・ダイバーシティの会」第6回研究会の様子
撮影=小林久井(近藤スタジオ)