※本稿は、柴田重信『脂肪を落としたければ、食べる時間を変えなさい』(講談社+α新書)の一部を再編集したものです。
世界的に見ても睡眠時間の短い日本人
夜更かし朝寝坊の生活を続けることや、日勤と夜勤の交代制などのシフトワークの関係で社会の時間と自分の時間に時差が生じてしまうことを「社会的時差ボケ」と呼んでいます。この社会的時差ボケの悪影響は、まず睡眠の不調というかたちで現れます。
睡眠時間が短くなり、質も低下、熟眠感が得られない、疲れがとれない、日中眠くなる、集中力や判断力、意欲、記憶力が低下し、ミスや事故が多くなるなど問題が生じてきます。
日本人は、世界でも睡眠時間が短いといわれています。経済協力開発機構(OECD)の2018年の調査では、日本では33カ国中最も短い7時間22分。参加国平均の8時間27分に比べると、1時間以上も下回っています。
日本人の睡眠時間が短いことは、別の調査でもみることができます。
厚生労働省の「令和元年 国民健康・栄養調査」をみると、20歳以上の日本人でいちばん多いのは「6時間以上7時間未満」。男女ともに3割以上を占めていました。
睡眠時間が6時間未満の女性が4割以上
さらに驚くのは、これを下回る短時間睡眠の人たち(「5時間以上6時間未満」と「5時間未満」の合計)が、男性では37.5%、女性では40.6%を占めていたのです。性・年齢階級別では、男性の30~50歳代、女性の40~50歳代で5割に迫っていました。
また、睡眠の質についての質問に対して「日中、眠気を感じた」と答えた人は、男女20~50歳代という広い年代で最多でした。夜の睡眠が十分ではないため、翌日の日中に疲れや眠気が出たりするのです。
睡眠確保の妨げになる点について、30~40歳代男性では「仕事」、30代女性では「育児」という回答が最多でしたが、20歳代では最も多かったのは男女ともに「就寝前に携帯電話、メール、ゲームなどに熱中すること」でした。
体内時計の乱れはダイレクトに睡眠に響く
睡眠になんらかの不調をきたす「睡眠障害」になると、ベッドに入ってもなかなか寝付けない(入眠障害)、夜中に途中で何度も目が覚めてしまう(中途覚醒)、早く目が覚めてそれ以降眠れない(早期覚醒)、ぐっすり眠れたという実感が得られない(熟眠障害)などの症状が起こります。
日中にだるい、眠くなる、意欲がわかない、集中力が低下する、食欲がわかないなどの不調も伴います。
睡眠障害は、精神的なストレスや、痛み、うつ病、薬の作用など、さまざまな原因で発症しますが、体内時計の乱れが原因で起こるものもあります。
体内時計が乱れると、メラトニンというホルモンの分泌が乱れます。メラトニンは、主時計である視交叉上核が指令を出すことで、脳の松果体から分泌されます。夜、メラトニンが増えると眠くなり、朝、メラトニンが減っていくと目覚めます。その睡眠・覚醒リズムをつくっているのが、主時計なのです。
メラトニンは、高齢になると分泌量が減ることがわかっています。加齢とともに早起きになったり、夜中に目が覚めて何度もトイレに行くことが多くなるのも、メラトニンが減っているのがひとつの原因と考えられています。
若い人では、メラトニンの量は十分にありますが、夜、強い光を浴びたりすると主時計が後ろへずれてしまい、メラトニンが分泌されるタイミングも後ろへずれてしまいます。
そのため、夜になっても眠くならないかわりに、翌日の午前中に眠気が襲い、学業や仕事に支障を来すというわけです。
体内時計が関係している5つの睡眠障害
体内時計と関連した「睡眠障害」では、「眠りたい時間に眠れない」「起きていたい時間に眠くなる」といった症状が現れてきます。睡眠のリズムが乱れて一日のリズムも乱れることから「概日リズム睡眠・覚醒障害」といわれています。
以降で説明する5つの睡眠障害のうち、①と②のように生活習慣や社会環境が原因で起こる睡眠障害もあれば、③のように遺伝子がかかわっているもの、④と⑤のように病気や習慣などが複合的に絡み合っているものがあります。
生活習慣や社会環境が原因の睡眠障害
① 交代制勤務による睡眠障害
夜間の不眠や、日中の眠気、作業効率の低下などが現れ、身体症状としては倦怠感や食欲不振などが起こります。体内時計のリズムが勤務のスケジュール変化に合わず、新しい時間に追いつけないことから起きます。体内時計の位相変化は2~3時間程度が限界であることから生じます。
② 睡眠相後退症候群
夜更かしが続くことにより、眠くなる時間が後退している状態です。明け方近くまで寝つけず、いったん眠ると昼過ぎまで目覚めないような睡眠パターンなので、睡眠そのものには問題なく、睡眠時間は一般に長めです。
週末だけ入眠・覚醒が遅くなる社会的時差ボケと異なり、平日でも入眠・覚醒のリズムが遅れます。
多くの場合、出勤や登校などの時間が決まっているのですから、寝不足のまま起床時刻になるでしょう。結果的に覚醒困難、日中の強い眠気、入眠困難などの不眠・過眠症状が出現します。学校や会社は朝から始まる場合が多いので、不登校や遅刻が多くなり、社会生活を送るのが困難になってしまいます。
若者に多くみられ、なかには遺伝子の一部に変異がみられる場合もあります。
遺伝子や病気、習慣が原因の睡眠障害
③ 睡眠相前進症候群
睡眠相後退症候群とまったく逆で、夕方から眠くなり起きていられなくなり、早朝に目覚めてしまいます。体内時計が前方にずれている状態で、高齢者に多いのが特徴です。Per2という時計遺伝子に変異があり、家族性に発症する例が知られています。
④ 非24時間睡眠覚醒症候群
寝る時間や起きる時間が、毎日1時間程度遅れていく病気です。体内時計が朝の光や朝食などでリセットされないため、自分自身の体内時計の周期で後ろへ遅れていってしまうのです。
思春期から青年期が発症しやすく、昼夜逆転のような状態となる場合もあります。また、光の刺激を十分に得られない高度の視覚障碍者も、同様の症状を示す場合があります。
⑤ 不規則型睡眠覚醒症候群
睡眠と起床が昼夜を問わず、不規則になる病気です。したがって、社会の時間と合わず、夜間に不眠が起こったり、日中に眠気が起こり、昼寝をすることが多くなります。脳梗塞患者や、ベッドですごす状態が長くなり、社会とのかかわりが少ない場合などに起こりやすいとされています
これら概日リズム睡眠・覚醒障害を含む睡眠障害は、内科、心療内科、精神科などで診療しています。睡眠障害を専門に診療する「睡眠障害外来」を開設している医療機関もあります。睡眠について悩んでいる人は、まずはかかりつけ医や内科で相談するのも方法です。
睡眠の不調は肥満やうつの原因にも
睡眠の不調は、体の健康にも大きく影響を与えます。たとえば、睡眠時間が短くなると、食欲を抑えるレプチンが減少し、逆に食欲を高めるホルモンであるグレリンが亢進するため、食欲が増大することがわかっています。
そのため、肥満や高血圧、メタボのリスクも高くなり、2型糖尿病や心筋梗塞、狭心症といった生活習慣病にかかりやすいことも明らかになっています。
メンタルヘルスへの影響も大きく、うつ病や抑うつ状態になる人も増えています。
このように、睡眠の不調が長く続けばそれだけ健康にも大きく影響し、早期死亡のリスクを高めてしまうのです。
近年は、働く人の健康を守る「健康経営」の視点から、プレゼンティズムの状況を見直そうという動きが出ています。
プレゼンティズムとは、何らかの疾患や症状を抱えながら出勤し、何らかの体調不良があるまま働いている状態をいいますが、睡眠の不調や体内時計の乱れから派生する生活習慣病、うつなどは、働く人の能力が十分に発揮されないため、重大なプレゼンティズムとして注目されています。
不調を抱えながら働き続けることによる経営面での損失は、病欠や病気休業による損失や医療コストより大きくなると言われています。