プレジデント総研「人事・ダイバーシティの会」が定期的に開催している「次世代人材育成研究会」。その第3回が、東レ経営研究所ダイバーシティ&WLB(ワークライフバランス)推進部長の宮原淳二さんを迎えて実施されました。宮原さんと『プレジデント ウーマン』の木下明子編集長による講演、グループディスカッションなどの模様をお届けします。

(出演者)
東レ経営研究所ダイバーシティ&WLB推進部長
宮原 淳二(みやはら・じゅんじ)

『プレジデント ウーマン』編集長
木下 明子(きのした・あきこ)

育児・介護休業はどこまで拡充すべきか

今回の研究会は、宮原淳二さんによる「失敗例から学ぶダイバーシティ&インクルージョン」と題した講演からスタートしました。宮原さんは、資生堂勤務時代に同社の男女共同参画やワークライフバランスの分野で中心的な役割を担い、営業現場では100人を超す女性社員をマネジメントしてきました。2005年度には、当時まだ珍しかった男性の育児休業も取得しています。

講演ではまず、育児・介護休業制度はどこまで拡充すべきかという課題について話がありました。宮原さんは、人事担当者、また労働組合などから「育休・介護期間や時短勤務期間を今よりさらに延長すべきか」という要望を受けています。そうした企業事例に、どう対応したらよいか、について解説しました。

「取得者の業務をカバーする周囲の方々の立場や取得者本人のキャリアを考えると、安易に期間延長するのはどうかと思う」と語り、こう続けました。

「部署に複数人の取得者が出ると周囲の方々にシワ寄せが行きがちです。また、本人が長期間の時短勤務に慣れてしまうと、管理職になる段階で経験不足を露呈することになりかねません。そう考えると、まず必要なのは育児・介護と仕事を両立できる環境整備であり、休業・時短期間の拡充は慎重に検討すべきだと思います」

例えば、宮原さんがかつて勤務していた資生堂は、現在国内社員の約7割が女性で女性管理職比率は34.7%(2021年1月時点)。多くの女性が、出産後や育児中も仕事と家庭を両立させながらキャリアアップを図っているといいます。

とはいえ自然にこうなったわけではなく、現在の状態には仕事と育児の両立を多くの女性社員が経験・実践したからこそ、たどり着いたのだとか。宮原さんは当時、労働組合役員や人事担当者としての立場で制度改革に取り組み続けた当事者。子育て中の店頭美容職を対象とした制度などを例に、改革の経緯を語ってくれました。

東レ経営研究所ダイバーシティ&WLB推進部長 宮原淳二さん
撮影=小林久井(近藤スタジオ)
東レ経営研究所ダイバーシティ&WLB推進部長 宮原淳二さん

早期復帰支援で女性活躍推進に成功

宮原さんが最初に制度改訂に関わった当時は、育児時間取得期限は子供が小学校入学まででした。制度利用者からは「小1の壁」などを理由に、利用期間の延長を望む声が多く、労使で協議した結果、小学校3年生までの延長が実現。宮原さん自身はとても満足していたところ、あるとき子育て中ではない女性に「制度拡充は当事者にとっては良いことでしょうが、私たちのことも少しは考えてくれていますか」と個室で言われてハッとしたそうです。

育児諸制度を利用する人が少ない時は周囲の負担は少なかったものの、利用者が急増すると、制度利用者以外の社員に過度にシワ寄せが行っているということに、宮原さんは気づきます。そこで検討し始めたのが、「子育て中の社員も個別事情に応じて遅番・休日勤務にも入る」という形。店頭美容職で言えば、これまでフルタイム勤務者よりも休日にシフトに入る回数など少なかったのが、子どもが病気がち、実家が遠くて協力が望めないなどの事情がなければ、休日もシフトに入ってもらうというものでした。

さらに短時間勤務者で、「早番・遅番・休日勤務の回数はフルタイム勤務者と同様」に働くことが可能な人にはそれを選択してもらい、現在の形である「育児時短勤務制度を使わずにフルタイム勤務者と同等の勤務」に移行できる人にはそちらを選択してもらうことに。

「こうした働き方を実現できた人は、積極的に管理職になってもらう道も開かれていると思います」

また宮原さんは、こう続けました。

「現在の資生堂の制度は、仕事と子育ての両立に加えて管理職へのキャリアアップも支援するものになっていると思います。もちろんそれぞれに個別の家族事情がありますから、上司との綿密な面談は欠かせません。時短勤務中の社員も遅番や休日勤務を担うようになったことで、制度利用者以外の社員の協力度も高まり、職場に『一緒にチームを盛り上げていこう』という空気が生まれたようです」

そのほかの事例として、独身社員が子どものいる社員の働き方を疑似体験する「なりキリンママプロジェクト」(キリン)、出産した女性社員の早期復職支援策(ダイキン工業)、キャリアを伸ばしたい時短勤務者が月に4回までフルタイム勤務できる制度(丸井)についても解説がありました。いずれも最終的な目標は女性活躍を含むD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の推進であり、実際に成果が出ているそうです。

しかし、こうした施策でD&I推進に成功した企業がある一方で、失敗してしまう企業も。宮原さんは、失敗の典型例として2つの事例を挙げました。

「次世代人材育成研究会」配信の様子
撮影=小林久井(近藤スタジオ)

ダイバーシティ推進の失敗例に学ぶ

ひとつは「数値目標至上主義」型。ある企業では、女性管理職比率の数値目標を達成しようとして、急激に女性登用を進めました。その結果、登用された本人が管理職を降りたい、というケースが出てきたのです。これを放置すると、最悪の場合はうつ病などのメンタル不調を招きかねません。

この施策の問題点は、勤続年数を登用基準にしたこと、本人にリーダー職の経験や管理職になりたいという意識がなかったこと、そして本人が男性管理職の仲間に入れず孤立してしまったこと、の3つ。

「これらを防ぐためには、登用前にまず本人にマネジメント職に就く意欲があるかどうかを確認しておくことが大事です。また、早い段階でのキャリア教育や、女性管理職同士で情報交換できるようなネットワークの構築支援も必要でしょう」

もうひとつの失敗例は「女性だけのプロジェクト」。あるメーカーでは、上司推薦によって各部署から一般職女性を招集し、“女性ならではの感性を生かした戦略チーム”を立ち上げました。しかし、特に成果がないまま1年後に解散。参加メンバーは肩身の狭い思いをしたそうです。

事前に本人の意思を聞かなかったため適正のある人材を選抜できていなかった、メンバー全員がプロジェクトに必要な教育を受けていなかった、通常業務と兼務だったため取り組みが中途半端になってしまった等が挙げられます。宮原さんは、この施策が失敗に終わった理由を丁寧に解説。

そして対処方法として、本人の意思を確認しやる気のある人を選定する、上司は「勝手にやって」ではなくこのプロジェクトへの参加についても積極的に関わる必要性、またプロジェクトが軌道に乗るまではベテラン男性社員がアドバイザー的に関与し、女性活躍支援という本来の目的達成を図る、といったポイントを挙げました。

ここまでの話を聞くと、女性管理職を自然な形で増やしていくには、育休中や時短勤務中の女性本人が「家族やベビーシッターなどの外部機関の協力も得ながら、できるだけ早くフルタイム勤務に戻りたい」と思える環境づくりが重要と言えそうです。しかし、政府は子育て中の時短勤務者向けに新たな現金給付制度の創設を検討中。宮原さんは「これで時短勤務者が急激に増えたら、カバーする人たちの立場やご本人のキャリアはどうなるのか」と疑問を呈し、こう続けました。

「女性のキャリア支援には男性の家事育児参画が必須です。男性育休取得率も女性管理職比率も高い社会にするためには、今後の育児・介護休業制度はどうあるべきか。単なるバラマキではなく、長い目で見た支援が必要でしょう。海外では夫婦で子育てと仕事をしっかり両立しています。なぜ日本だけ、妻側に育児の負担が偏るのか、この後のディスカッションで皆さんと考えていきたいと思います」

手前から東レ経営研究所ダイバーシティ&WLB推進部長 宮原 淳二氏、木下 明子プレジデント ウーマン編集長
撮影=小林久井(近藤スタジオ)

20代が習得しておくべきスキルと知識とは

続いて、『プレジデント ウーマン』の木下明子編集長が登壇。プレジデント総研では若手向け研修を作成中で、これをより効果的な内容にするため、プレジデントオンラインとプレジデントウーマンオンライン読者のうち35歳までの現役会社員、男女72名を対象にアンケート調査を行ったそうです。

そして、調査結果から見えてきたこととして、4つのポイントを挙げました。1つ目は、将来の働き方として半数近くが「ワーク&ライフを追求して働きたい」と考えていること。2つ目は、キャリア意識を醸成するための研修に関して「必要」という回答が約8割に上ったことから、若手でキャリア研修を受けたいと考えている人は多いと思われること。

3つ目は、若手が20代のうちに習得しておきたい、または習得しておきたかったと考えるスキルについて。アンケートでは、ファイナンス(決算書などの見方)、ロジカルシンキング、プレゼンテーションスキルの3つが多くの票を集めました。これらは「20代が学びたい3大スキル」と言えそうです。

配信の様子
撮影=小林久井(近藤スタジオ)

4つ目のポイントは、若手社員は「将来リーダーになるためには、20代のうちから人の動かし方・巻き込み方を身に付けたい」と考えているということ。アンケート結果ではこの回答が実に75%にのぼり、プロジェクトマネジメントやアンガーマネジメント、リーダーシップといった他の選択肢を大きく上回りました。

「私たちは現在、こうした結果を反映させながら『若手社員向けキャリアデザイン研修』の作成を進めています。当初は女性向け研修として考えていましたが、会員の皆さまからご意見をいただき、男女とも受けられる研修としました。形ができたらまずは体験会を行い、皆さまのご意見を反映したうえで2023年春ごろにローンチしたいと考えています」

木下編集長はこの研修について、現段階のプログラム内容や目指すゴール、年間スケジュールなども説明。「20代から管理職を目指すマインドセットを身につけておくことが大事。そうすれば、30代でライフイベントを迎えてもキャリアアップへの意識を持ち続けられるはずです」と呼びかけました。

その後、質疑応答を経て参加者によるグループディスカッションへ。各グループには宮原さんと木下編集長も加わり、今回の講演内容や自社のダイバーシティの問題点など、約40分間にわたって意見を交換しました。

ダイバーシティ推進における都市部と地方との意識の差について、育休や時短勤務からの復帰について会社側が持つべき姿勢について、育休や時短勤務中の代替要員について──。参加者はさまざまな議題について話し合い、各自の取り組みも共有。同じ人事・ダイバーシティ担当者として、大いに刺激になった様子でした。

グループディスカッションの様子
撮影=小林久井(近藤スタジオ)