「PRESIDENT WOMANダイバーシティ担当者の会」第14回が、大日本印刷の宮間三奈子取締役を迎えて開催されました。同社は「ダイバーシティ経営企業100選」や、なでしこ銘柄にも選定されています。D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)戦略をどのように進めてきたのか、木下明子編集長が伺いました。

雇用、定着、育成の3ステップで推進

【木下】御社のD&I戦略が本格的にスタートした経緯を教えてください。

【宮間】1997年に男女雇用機会均等法の改正法が施行され、当社も女性の採用促進や営業職などへの職域拡大に取り組み始めました。最初に「雇用」を増やし、次に「定着」を目指して両立支援などを開始し、定着率が向上したのちは「育成」に重点を置いて研修やメンター制度などを導入していきました。

その後、2018年に社内に独立したD&I推進室を設置し、女性だけでなくシニアや障がい者、LGBTQ+、外国人などにも対象を拡大しました。この年は社長交代もあって社内に変革の機運が高まり、D&Iの推進活動も一気に加速したと感じています。2020年には社長が「DNP(大日本印刷)グループ ダイバーシティ宣言」を発表し、今では「社員一人ひとりがD&Iを構成する一員」という考え方が浸透しています。

【木下】戦略を進める中で、反発や戸惑いの声はなかったのでしょうか。

【宮間】当初はありました。採用面接では女性のほうが評価は高いのに、営業部門から「男性を配属してほしい」と言われたり、家事育児との両立が大変だろうからと女性がサポート的な仕事に回されたり……。現場では反発というより戸惑いが大きかったようで、女性をどう扱っていいのか分からず、配慮しすぎていたんですね。

お客様から「女性をうちの担当につけるのか」という声もあったようです。だからこそ、各部署から「女性が入ると戦力に欠ける」と思われていたのかもしれません。

【木下】2004年ごろからは、労働時間削減など働き方改革にも取り組み始めていますね。

【宮間】長時間労働の是正は男女問わず必要なことで、優秀な人材の定着という意味でもとても重要なテーマです。そうした思いで取り組みを進めた結果、現在は新卒社員の3年後定着率は90%を超えています。

ただ、労働時間削減は業務効率化とセットで行わないとうまくいきません。そのため、業務革新や営業革新、生産革新といった新たな取り組みにも力を入れ、業績も維持できるように努めてきました。

大日本印刷 取締役 人財開発部 D&I推進室担当 宮間三奈子さん
撮影=小林久井(近藤スタジオ)
大日本印刷 取締役 人財開発部 D&I推進室担当 宮間三奈子さん

女性活躍を実現する2つの研修とは

【木下】その後に始められた、中核部門における「自律的推進活動」についてお聞かせください。

【宮間】当社は幅広い領域の事業を展開しており、事業部制をとっています。事業部が違えば抱えている課題も違うため、それぞれの特性や状況に合わせて、各事業部で自立的にD&Iを推進してもらう仕組みにしました。

具体的には、全事業部に事業部長を委員長とする「D&I推進委員会」を設置して、それぞれで活動方針を定めて取り組みを行ってもらっています。また、D&I推進室が運営する研修で各事業部の推進リーダーを育成しているほか、優良事例や課題を共有する機会を半年に1回ほど設け、各事業部が刺激しあえる環境をつくっています。

【木下】D&I推進に関するそのほかの研修についてご紹介ください。

【宮間】女性活躍、ノーマライゼーション、LGBTQ+、アンコンシャス・バイアス、メンター育成などの研修があります。特に女性活躍に関しては、2017年から管理職一歩手前の女性社員に向けて、選抜型の「次世代女性リーダー育成研修」を開始しました。

その中で女性の課長への登用は着実に増えてきましたが、部長や本部長への登用は伸び悩んでいます。そこで、この課題を解決するため「スポンサーシッププログラム」と「実践型リーダーシップ研修」の2つを開始しました。

「スポンサーシッププログラム」は、課長級・部長級の女性管理職を対象に、上位職位登用に向けた能力開発をしていくもので、昨年2021年にスタートしました。他部門の執行役員や副事業部長などがスポンサーとなり、受講者が所属する部門の長も連携して育成に取り組んでいます。

昨年は10人が受講し、うち3人が部長に、1人が本部長に昇格しました。この成果には手応えを感じています。本人の意識だけでなく、スポンサーとなる経営層の意識も変わるため効果は大きいですね。スポンサーは全員男性ですが、2回目となる今年も皆さんが積極的に動いてくださっています。

【木下】「実践型リーダーシップ研修」についても教えてください。

【宮間】従来の「次世代女性リーダー育成研修」を改めたもので、今年から開始します。対象は同じく管理職一歩手前の女性社員ですが、選抜型ではなく全員に対して行うこととしました。彼女たちがこれからの管理職登用プロセスに自信をもって挑めるよう、リーダーシップなどに関する実践型研修を行う予定です。

受講者には「自分も活躍が期待されている」と感じ、意欲向上につなげてもらいたいと考えています。リーダーシップは管理職だけが発揮すればいいわけではありません。今の自分の役割は何か、それを果たすには何をすべきか。研修を通してそうした意識が醸成されるようにしていきます。

木下明子編集長
撮影=小林久井(近藤スタジオ)

当事者意識を醸成する「ダイバーシティウィーク」

【木下】宮間さんは、次世代経営者を育成する社内プログラムで唯一の女性候補になった経験をお持ちです。どんなことを学んだとお考えですか?

【宮間】このプログラムは、次の経営を担う人材として全社視点を持ち、変革をリードしていく経営リーダーを育成するものでした。目的は経営リテラシーの獲得と、リーダーシップへの覚醒および実践へのコミットメントで、特に後者は私にとって大きな収穫になりました。

自分を知り、どう変革していくかを言語化するプロセスは、苦しくも有意義なものでした。受講して以降、私は従来の自分にとらわれず、やるべきことをとことんやり抜くようになれたと思っています。「女性初の」という言葉がつく役割や社内初の取り組みに対しても、フロントランナーとして期待に応えるんだという覚悟ができました。

【木下】近年は「ダイバーシティウィーク」というオンラインイベントを開催されているそうですね。

【宮間】社員一人ひとりがDNPのダイバーシティの一員であるという当事者意識の醸成や、対話が促進される組織づくりを目的に、2020年度から開催しています。第1回は「違いを楽しむ1週間」として当事者意識を、第2回は「違いをチカラにする2週間」として包摂(インクルージョン)をテーマに取り上げました。

いずれの回でも、社長が自らD&Iの考え方を伝え、各部門のD&I推進委員長がD&Iに関する思いや行動を語る時間を設けました。そのほかにも基調講演やインクルージョンしている上司の紹介、ちょっとした時間に参加できる5分間のプログラムなど20種類以上を展開し、社員がD&Iを能動的に実践できるよう後押しを行いました。

事後のアンケートでは、90%以上の社員が意識の変化や気づきがあったと回答しています。D&Iは女性やマイノリティーだけではなく、全員が当事者として取り組む活動なのだということを浸透させるよい機会になったと思っています。

【木下】今年から法制化された男性育休についてはいかがでしょうか。

【宮間】2020年に社長が「男性育休100%宣言」を発出したことで、グループ全体に浸透しました。D&I推進室では専用の社内サイトもつくり、実際に育休を取得した男性社員の体験談を公開するなど、これから取得する社員や上司・同僚の理解を後押しする取り組みを実施しています。

その結果、2020年度には50%台だった取得実績が、2021年度には82.4%とグッと上がりました。残る課題は取得日数です。現在は5日間の取得が一番多く、今後はもっと増えるように取り組んでいきたいと考えています。

プレジデント ウーマン編集長 木下 明子(左)と、大日本印刷 取締役 宮間 三奈(右)
撮影=小林久井(近藤スタジオ)

上司やトップには「事実」を示して説得

【木下】D&Iを進めるにあたって、男性上司やトップの理解が得られないという人事担当者にアドバイスをお願いします。

【宮間】人は、自分が知らないことや理解できていないことには積極的に賛同しにくいものです。どんな結果になるかわからないわけですから。この壁を越えるには、担当者の方はリアルな形で説明する、例えばデータで語るといったことが大事になると思います。

ぜひ問題や課題をリアルな形で示して、「だからこういうことをしましょう」と説得してください。上司やトップも事実から目を背けるわけにはいきませんから、きっと行動に移してくれると思いますよ。

また社内に対しては、私はD&Iの意義や優良事例などを繰り返し発信してきました。人事担当者が「以前伝えたし、サイトにも載せているから、皆理解してくれているだろう」と思っていても、受け手のほうは日々の業務に紛れて忘れてしまいがち。こうした受け手の立場に立って、地道に繰り返し伝えることで、会社全体が変わっていくと実感しています。

【木下】これから進めたいD&I関連プロジェクトはありますか?

【宮間】たくさんありますが、仕事と介護の両立支援や、技術系におけるジェンダーギャップの解消などが挙げられます。技術系の女性はそもそも人数が少ないため、採用比率も5割に届きません。これは「女性は数学や理工系が不得意」といった思い込みが、いまだに教育現場などに存在しているからではないでしょうか。今後は理工系出身の一先輩として、理工系の魅力を中高生にも発信していきたいと思っています。

加えて、皆が意見を出し合って成長していける会社になるよう、心理的安全性のある組織風土づくにも取り組みたいですね。

【木下】最後に、ダイバーシティ推進に悩んでいる人事関係者の方に励ましのメッセージをお願いします。

【宮間】グローバル社会の中で日本が埋没してしまわないためにも、D&Iは必要不可欠です。「つらいな」「やめたいな」と思うこともあるでしょうが、次の世代によりよい社会や企業を残していくために、ぜひ粘り強く取り組み続けてください。必ず変化は訪れます。