PRESIDENT WOMANダイバーシティ担当者の会」第12回は、「令和3年度なでしこ銘柄」などに選定されているMS&ADインシュアランスグループホールディングスから、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の担当役員である本島なおみさんにご登壇いただきました。同社の取り組み内容について、木下明子編集長が伺いました。

70人以上が集まる「女性部長の会」とは

【木下】御社のダイバーシティ戦略について教えてください。

【本島】MS&ADグループは、世界49の国・地域で保険金融サービス事業を展開しています。MS&ADインシュアランスグループホールディングスはその持株会社であり、私はグループ全体のD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)を担当しています。

私たちは現在、社員全員が働き続けられる、活躍し続けられる企業になることを目指してD&Iを強力に推進しています。取り組みのテーマは社員の心理的安全、アンコンシャスバイアス、障害者雇用など多岐にわたりますが、特に力を入れているのは「組織の意思決定層の多様化」と、「インクルーシブリーダーシップ」の2点です。

【木下】まず、組織の意思決定層の多様化について、具体的な取り組みをご紹介ください。

【本島】意思決定層の人間が多様でないと、組織は正しい方向に向かっていきません。当グループは全社員のうち女性が約53%と比較的女性比率が高いのですが、女性の課長はいても部長や役員となるとまだまだ少数です。

そこで、まずは現在の女性部長たちの中から女性役員を育成・輩出していこうと、2019年に「女性部長の会」を立ち上げました。一人ひとりがイノベーションの担い手になる、さまざまなタイプのロールモデルになる、そうした勇気を得られる場をつくろうと考えたのです。

具体的には、年に3回ほどグループ全体の女性部長が集まって、CEOや男性役員との意見交換、他社の女性役員を招いたパネルディスカッション、経験の共有などを行っています。発足時の参加者は約50名でしたが、今では75名になりました。参加者にとっては「自分と同じ立場の人がこんなにいるんだ」という気づきの場になっているようで、孤独感が解消できた、勇気が得られたという声も上がっています。

本島なおみさん
撮影=小林久井(近藤スタジオ)
MS&ADインシュアランスグループホールディングス 執行役員 本島なおみさん

社外取締役として派遣する取り組みも

【木下】女性役員の誕生を待つのではなく会社が育てていこうと。すばらしい取り組みですね。

【本島】もうひとつの取り組みとして、2019年度から女性部長を関連事業会社へ非常勤の社外取締役として派遣しています。任期は2年で、これまでに延べ20人を派遣してきました。対象者の皆さんには、定期的に取締役会に出席して経営レベルの意思決定を経験してもらっています。

この取り組みには、こうした研修的な意義に加えて、派遣先の多様性を少しでも確保したいという狙いもあります。派遣先の取締役会メンバーはほとんどが男性です。そこに女性に加わってもらうことで、派遣先の会社にも多様性を体感してもらいたいと考えました。

派遣した女性からは「普通の研修では得られない貴重な経験ができた」、派遣先からは「違う角度からの新鮮な意見を聞けてハッとした」といった声をもらっています。当初はなかなか自分の意見を言い出せない女性もいましたが、役員をメンターにつけ、助言を続けることで意思表明できるようになっていきました。

【木下】女性だけを対象にしたことで「男性差別だ」という声は出ませんでしたか?

【本島】内心は分かりませんが(笑)、表立っては聞こえてきませんね。でも、部長以上の層では女性比率が低いという現状が確かにあるので、もしそんな声が聞こえたとしても、構わず強力に進めていこうと思っています。

私の場合、取り組みを進めるうえでは男性役員を巻き込むよう意識しています。「女性部長の意見交換会に出てください」などとお願いしていますが、嫌がる方はほとんどいません。逆に「僕で役に立つなら何でもやるよ」と声をかけてくださる方が多くて心強いです。

確かに以前は、女性の登用を進めていく過程で「これじゃ男はやる気がなくなっちゃうよ」と言われたこともありました。でも、トップが確固たるメッセージを発したこともあり、D&I担当役員になってからは壁を感じることなく取り組みを進めることができています。

【木下】他社では、女性活躍を進めようとして男性陣の抵抗に遭う人事担当者も多いようです。どう説得すればいいのでしょうか。

【本島】トップメッセージが全社に明確に伝わっていないと、正直、D&Iを推進するのはかなり厳しいだろうと思います。当グループでは、幹部が集まる場や公式サイトなど、ありとあらゆる場でトップにD&Iの意義を発信してもらっています。加えて、一時的な発信では浸透しませんから、あらゆる場でことあるごとに発信し続けてもらうようにしています。

木下明子編集長
撮影=小林久井(近藤スタジオ)

「体験」を通してリーダーの意識を改革

【木下】次に、インクルーシブリーダーシップに関する取り組みをご紹介ください。

【本島】D&I戦略はダイバーシティの実現だけでは不十分で、結局インクルージョンがいちばん大事なのではないかと思います。誰もが「自分も主力の一人である」「会社の外側ではなく内側にいる」と感じられる状況をつくらなければなりません。

そのためには、組織の長に「インクルーシブなリーダーシップ」を身に付けてもらうことが重要です。ただ、言葉の意味はわかっていても、どう実践すればいいのかわからないという人が多いので、取り組みとしては体感してもらうことに力を入れています。

具体的には、役員と数人の社員がフラットに話し合うオンラインゼミ「e-ビジネスゼミ」を開催しています。昨年は、5人の役員がそれぞれ6人の社員と一緒に、「入社したいと思わせる会社とは?」「MS&ADの株価をどのようにして上げるか」といったテーマで意見交換しました。

【木下】役員の方々にインクルーシブリーダーシップを体感してもらったわけですね。

【本島】その通りです。ただ、最初に私がお願いしたときは役員の方々も戸惑って、「何を教えたらいいかな」「何を課題図書にしようか」と悩んでいました。つまり、自分の役割は教授であり、社員に何かを教える立場なのだと思ったんですね。しかし、そうした姿勢ではインクルーシブを体感することはできません。

そこで、これは社員とフラットに話し合う体験をするための場なのだと伝えて、そのための研修も行いました。ゼミには教授としてではなく「自分もわからないから皆の意見が聞きたいんだ」という姿勢で臨んでほしいと。

この研修を通じて、私も含めた役員全員が「自分は導く側、仕切る側だ」という思い込みから解放されました。結果として、ポジションに関係なく本当にフラットに、一人の参加者として社員の話を聞くことができ、私にとっても非常に新鮮な経験になりました。

【木下】参加者の反応はいかがでしたか?

【本島】社員からは「役員や会社との距離が近づいた」、役員からは「会社を身近に感じてもらえたという実感があった」「社員が何を感じながら働いているのか知ることができた」といった声が上がりました。「このゼミをもっと広げていけば組織文化も変わっていくだろう」という応援メッセージもいただきました。

もうひとつ、インクルージョン体験を目的とした、外国人講師によるオンライン講座も実施しました。講演視聴後には、多様な考えや意見を引き出す機会としてフランクな意見交換会も行いました。

対談の様子
撮影=小林久井(近藤スタジオ)

誰もが強みを発揮できる組織へ

【木下】ほかにもD&Iに関する取り組みがありましたらお聞かせください。

【本島】2016年に特例子会社「アビリティワークス」を設立し、障害者の雇用と活躍の促進に取り組んでいます。現在、身体に障害を持つ人の雇用は各企業で進みつつありますが、精神に障害を持つ人の雇用は進んでいません。そこを打破するため、同社では精神障害を持つ社員を中心に雇用しています。

もちろん、社員は特性も必要な配慮も一人ひとり違います。皆さんに強みを発揮してもらうには、そこにきちんと対応できる環境や仕組みをつくる必要があります。今はまだ模索しながら進めていますが、将来的にはそうしたノウハウをしっかり確立していきたいと思っています。

最終的には、障害を持つ人も持たない人も、皆が働きがいをもって長く働ける環境を目指していきたいですね。マジョリティーであろうとマイノリティーであろうと、誰もが強みを発揮できる組織づくりが必要だと実感しています。

【木下】日本では、女性の役員や管理職はまだまだマイノリティー的存在ですね。一方、男性はマイノリティー経験がない人が圧倒的に多いように思います。

【本島】確かにそうですね。ただ、そうした男性がこの先も常にマジョリティーであり続けられるかと言えば、そんな保証はないわけです。病気になることもあれば、介護など家庭の事情を抱えることもあるでしょう。

現状でも、さまざまな角度から見れば誰もがマイノリティー的な部分を持っているのではないでしょうか。そうした部分への理解を、互いに深めていくことこそがD&Iの実現につながると信じています。

【木下】最後に、ダイバーシティに悩める人事関係者の方々に励ましのメッセージをお願いいたします。

【本島】ご苦労も多いでしょうが、やはり重要なのは「勇気をもって説得する」ことだと思います。何か取り組みを進めたいと思ったら、勇気を出してできる限り高い階層の人に訴えかける。そうすれば必ずスタートラインに立てるはずです。ぜひ一緒に頑張っていきましょう。

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『PRESIDENT WOMANダイバーシティ担当者の会』事務局(担当:名越)
woman-diversity@president.co.jp