※本稿は、菅沼安嬉子『私が教えた 慶應女子高の保健授業 家庭で使える大人の教養医学』(世界文化社)の一部を再編集したものです。
便はトコロテンのようには出てこない
だいたいの人は朝1回排便します。数日に1回でも規則的に出ていると便秘とはいいませんが、大腸内に内容物が停滞して糞便の水分量が低下すると便秘とみなされます。
消化管は口から肛門まで続いているので、食べ物を食べるとトコロテンのように便が押し出されてくると一般の人は考えがちですが、そうではありません。
排便は胃結腸反射で始まる
胃の中に食物が入るとその刺激で大腸が動き出し、大腸壁の筋肉が順に動いて、内容物を下行結腸の方へ運びます。大腸のことを結腸ともいうので、この一連の動きを胃結腸反射といっています。
直腸に便が溜まると、脳に信号が行って、初めてトイレへ行きたいと感じるのです。そして、トイレでいきむと便が出るというしくみです。
胃結腸反射は胃の中が空っぽの時間が長いほど、そして胃の中にずっしりと食物が入るほど強くなります。なんといっても夜中が何も食べない時間が一番長いので、朝ごはんを食べた後、排便する人が多いのです。
では昼まで食べなければもっと強くなるかというと、そうでもありません。体の中には交感神経と副交感神経があり、交感神経は腸の動きを止め、副交感神経は腸の動きを活発にしています。一歩家から外に出ると交感神経が緊張してしまうので、後でしようと思っても、うまく出なくなってしまいます。
便秘の4つの種類とは
①通過障がい
便の通過する大腸のどこかに細い部分があると起こるものです。赤痢などの重症の炎症を起こした後とか、手術後や、虫垂炎を抗生剤で散らした後の癒着とか、がんによる場合等です。炎症や癒着は長い間、便秘で苦しみますが、よく出ていた人が急に出が悪くなったら、大腸がんも疑って下さい。
がんはどこにでもできますが、肛門のすぐ上の直腸と、その上のS型に曲がったS状結腸の部分が一番多く、大腸がん全体の70~80%を占めています。がんはとても硬いので出口を締めつけて細い便になります。自分の便を見て、細い便の周りにまとわりつくような形で血がついていたら、ほぼ100%がんと考えて間違いありません。
②弛緩性便秘
大腸の筋肉の緊張がゆるんでダラッと垂れてしまい、便が直腸までいかず、まん中あたりで溜まってしまいます。直腸に便が来ないと、いくらお腹の中に便がいっぱいあっても排便したいという気にはなりません。
女性で痩せている人は胃下垂が多いのですが、大腸も下垂していることが多く、このタイプの便秘になりやすいのです。
また、下剤を飲み続けたり、逆にお腹が痛い時や下痢をした時に飲む鎮痙剤を連用してもなりやすいので、なるべく薬に頼りすぎないようにして下さい。
③けいれん性便秘
大腸壁の筋肉が緊張しすぎて、便が同じ場所に停滞するので、水分だけ吸収されてコロコロの石のようになってしまうタイプです。「うさぎの糞のよう」と表現されます。
便秘では食物繊維を多く摂るようにと指導されます。食物繊維は小腸で吸収されないので大腸の内容物が多くなり、腸管を刺激して動かすためです。しかしけいれん性便秘では、よけい緊張してしまうので逆効果です。かえって繊維の少ない下痢の時の食事のような残渣の少ない物を食べて下さい。
しかし落ちついてきたら繊維の多い物もよいでしょう。ストレスなどが誘因とされているので、安定剤を飲むとよくなる場合もあります。
④習慣性便秘
慢性便秘の中で圧倒的に多いのがこのタイプです。そして男性には少なく、ほとんどが女性です。
排便は、胃結腸反射が朝食後に一番強く起こります。直腸に便が溜まると、脳がシグナルを察知して「トイレへ行こう」と考えるのです。しかし、この時に遅刻しそうだからと家を飛び出してしまうと交感神経が緊張して排便を忘れてしまいます。そういうことを繰り返しているうちに、直腸にいくら便が溜まっても、信号を脳へ送らなくなってしまうのです。女性は朝がとても忙しいので、ついつい排便を我慢してしまいがちで、このタイプの便秘に陥りやすいということもあります。
子供の頃から始めよう! 習慣性便秘を防ぐ4つの対策法
①朝食をしっかり食べる
朝食を抜くと、胃結腸反射が起こらないわけですから、しっかり朝ごはんを食べなくてはなりません。しかし、夜、寝る直前まで食べ続けていると胃がもたれて朝あまり食べられませんから、夜は、少しお腹が空き加減で寝て下さい。ダイエットにも有効です。
②朝食後30分以上家でゆっくりする余裕を持つ
胃結腸反射があっても、横行結腸や下行結腸の便が直腸に来るまでに少し時間がかかります。便秘がちの人は、家から出たら交感神経が緊張して、もう排便は無理と考えた方がいいでしょう。30分早起きして、まずごはんを食べてから、身支度をしながら待って下さい。
「先生、それでは私4時半に起きなくてはなりません」といった教え子がいました。八王子から2時間以上かけて通学している生徒でした。遠くから通っている人に便秘が多い傾向はあります。
③幼児期に排便のくせをつける
大人で便秘の人はもう間に合いませんが、幼児期に毎朝、排便の習慣をつけておくと、ごはんを食べてから排便までの時間が早くなります。毎朝、排便してから家を出るように習慣づけることです。学校に入ってからでは、1時間目を全部遅刻すると進級にかかわることになりますが、幼稚園であれば、遅れても親が事情を話せば大目に見てくれるでしょう。親になったら、子供にしっかり習慣をつけてやって下さい。
④食物繊維をたっぷりと食べる
習慣性便秘では、食物繊維をたくさん摂って下さい。便秘がちの人は便の中の発がん物質が停滞するので大腸がんになりやすいといわれています。食物繊維は排便を促すとともに発がん物質も吸着してくれます。
大腸には毎日約10リットルの水がやってくる
下痢は便秘とは逆に、1回の便の中の水分量が200mL以上とされています。しかし、いちいち水分など測ってはいられません。水状または、泥状の便を下痢といいます。
大腸には、便とともに唾液・胃液・すい液・腸液と摂取した水分が合わさって1日に約1万mL(10L)の水がやってきます。そのうち9900mL(9.9L)を吸収するのは大腸の左半分です。早く便が通過して水分吸収が間に合わなかったり、何らかの原因で粘膜がただれて、水分吸収が悪くなると下痢になります。
一生に一度も下痢をしたことのない人は稀なくらいポピュラーなものですが、とても嫌なものでもあります。あまり激しい下痢の時は気分が悪くなって倒れてしまうこともあります。
下痢には急性と慢性があり、急性は1日から数週間でじきに治るもの、慢性は1カ月以上、数年から一生続くほど長引くもの、と分けています。
「急性の下痢」――炎症によるものと機能性のものがある
炎症によるもの ①ウイルス性
腸管ウイルスによるものは、一般にかぜがお腹に入ったといわれ、かぜ症状を伴い熱が出たりします。でも軽症が多いので、食べ物に気をつけていれば治ります。
大人はかなり脱水に耐えるので、おかゆやうどん等の消化のよいものを食べ、温かいお茶やスポーツ飲料を飲んでいるくらいでよいのですが、子供はすぐ脱水になりますから、皮膚をつまんでみて、たるむようだと危険な状態です。急いで点滴をしてもらわなくてはなりません。
乳児の体は80%以上が水分なので、脱水にとても弱いのです。小児は70%、大人になると65%くらい、高齢になると50%くらいになり、しわが増えてきます。
生ガキを食べた時、ノロウイルスによる食中毒で下痢をするのも、このウイルス性下痢です。
炎症によるもの ②細菌性
赤痢、コレラ、食中毒がこれにあたります。赤痢は赤痢菌、コレラはコレラ菌による伝染病ですので、入院隔離の上、抗生剤や点滴でしっかり治療する必要があります。昔は死んだ人もたくさんいた病気でした。日本の衛生状態がよくなってからはみかけなくなりましたが、東南アジアやインドではまだ多いので、旅行の時は生水や生物を飲食しないように充分注意して下さい。
食中毒は、気温の高い時期に食物の中に食中毒菌が増えて、それを食べて発病します。たくさん死者が出たO157(病原性大腸菌)は、注意していてもまだ時々発生しています。体力が落ちると重症になるので、若くても自分の体に過信は禁物です。とくに夏場は睡眠不足、過労にならないように注意しましょう。
機能性下痢――緊張や冷たい飲み物で下痢に
これには「神経性下痢」と「反射性下痢」があります。
神経性は、テストや試合、ストレスなど、精神的に緊張することからくる場合で、反射性は、冷たい物を飲んだり食べたりした後、急にお腹が痛くなるような場合です。スーパーの冷凍ケースを開けただけでなる人もいて、個人差があります。
「慢性の下痢」3種類
① 過敏性腸症候群
機能性下痢の慢性化とでもいいましょうか。ストレス等が引き金といわれています。下痢や便秘、腹痛が起こります。
下痢型、便秘型、下痢と便秘の交互型の3タイプがあります。医者はストレスを除くよう指導しますが、それができない人が慢性化しているのでなかなか難しい話です。
朝お腹が痛くなり、通勤や通学の途中で便意を催す等、本人にとってはとても辛いものです。牛乳や冷たい飲み物、食物繊維を減らして、あまり神経質に考えすぎないようにしてみて下さい。
② 潰瘍性大腸炎
原因がまだはっきりわかりませんが、免疫系の過剰攻撃が考えられています。症状的には過敏性腸症候群の重症型と考えればよいでしょう。慢性に経過します。腹痛、下痢がひどく大腸から出血するので便は粘血便になり、貧血にもなります。
サラソピリンという薬が効く場合もありますが、重い人はステロイドホルモンを飲み続けなくてはならない場合もあります。免疫系の異常が考えられるので、血液中の白血球の中のリンパ球や顆粒球を取り除いたり、免疫抑制剤で効果のある人もいます。以前は大腸を全部切除したりもしましたが、現在は生物学的製剤(抗体医薬)が特効薬として使われています。
昔は非常に稀な病気と思われていたのですが、最近は多く見つかってきました。ストレスが誘因になるようですが、詳しいメカニズムはまだわかっていません。欧米に多い病気といわれていましたが、日本でもとても増えてきました。
③ 慢性すい炎
すい臓は消化酵素を作っている臓器です。慢性すい炎は長い間かけて、すい臓が炎症のために硬くなり消化液が出にくくなるので、食べた物の消化が悪くなり下痢をします。
この場合は、消化剤を通常の倍量、毎食後に服用すると楽になります。この病気は意外に多いのですが、医者もそう思って検査をしないと見落とすこともあって、下痢止めばかり常用してかえってお腹が張って苦しんでいる人もいます。
原因不明の場合もありますが、アルコールによることが多く、慢性すい炎の男性の70%はアルコールによるものといわれています。お酒は肝臓を壊すと条件反射のように考えられてきましたが、すい臓もかなり障がいされることがわかってきました。昔の大酒飲みはほとんどが男性だったので、慢性すい炎も男性が多かったのですが、最近は女性もお酒を飲む人が増えたので、将来、この割合は違ったものになってくるでしょう。
大腸には人体細胞の37兆をはるかに超える細菌がいる
昔、人間の体の中にはほとんど菌はいないと考えられていました。ところが無菌だと思われていた胃の中にピロリ菌がすみついていることがわかり、また毎日歯を磨いているのに口の中には500~700種もの細菌がいることがわかってきました。そして大腸にはなんと、人体の細胞の37兆より多い細菌がいることがわかったのです。100兆近い1000種類の腸内細菌が人の体の働きに深く関与していることがわかってきて、ある研究者は「人は腸内細菌に牛耳られているようだ」というくらいです。女子高で教え終わってから研究が進んできましたので追加で入れさせていただきます。