理想の最期とはどのようなものだろうか。92歳の精神科医・中村恒子さんは「私はできるだけ楽に死にたい。そのために60歳のころから準備してきたことがある」という。54歳の精神科医・奥田弘美さんとの対談をお届けしよう――。

※本稿は、中村恒子・奥田弘美『うまいこと老いる生き方』(すばる舎)の一部を再編集したものです。

病院訪問
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できるだけ楽に死にたい

【奥田】先生はずいぶん前から、いつお迎えが来ても良いように準備されてきたようですが、そこについてお話ししていきたいです。

【中村】そうやね。まず私は、できるだけ楽に死にたいなって思っていたから、60歳ぐらいから、家族には「延命治療は絶対にいらない」と伝えていたね。もし私に万が一のことがあったとしても、人工呼吸器も心臓マッサージも不要やで、ってね。

【奥田】わかります。医者や看護師で、高齢者になってから延命治療を受けたいと言う人には今まで出会ったことがありません。もちろん私自身も必要ないと思っています。基本的に医療者が望まないような治療は、患者さんにもしない方がいいと思うのですが、日本の医療では今も多くの病院で、高齢者への延命治療が行われています。

【中村】やっぱりそれが実態なんやね。

【奥田】例えば80歳をゆうに越えて平均寿命を上回っているご高齢者に対しても、家族が望めば、呼吸状態の悪化が起こると人工呼吸器に繫ぎ、ICU(集中治療室)で治療が行われることがあります。

昨今のコロナ禍においては、新型コロナウイルス感染症の治療で人工呼吸器やエクモ(体外式膜型人工肺)が使用され、そのニュースがたくさん流れたことから、これらを使うと肺炎が治って元通り元気になる、と誤った印象を持った人が増え、今まで以上に高齢者に人工呼吸器を使う、高度延命治療を望む家族が増えたとも聞きます。

【中村】一口に人工呼吸器と言っても、一般の人は「呼吸を助けてくれる機械」くらいの認識やろうしね。

人工呼吸器は意識があると非常に苦しい

【奥田】高齢者はいずれ向き合わなければならない問題ですので、この際詳しく説明しておきましょう。

人工呼吸器に乗せることになると、チューブを口から喉の奥へと突っ込んで強制的に機械に繫いで呼吸させますので、意識があると非常に苦しい。そこで麻酔薬を使って眠らせます。

その後、何日か経っても呼吸状態が良くならなかったら、いつまでも喉にチューブを入れておけないので、今度は喉を切開して(気管切開)、カニューレ(気道を確保するチューブ)を喉に直接差し込みます。

【中村】そこまでしたところで、元通りになるとは限らないわけやしな。

【奥田】ええ。高齢になればなるほど、当然体は老化していますから、人工呼吸器に乗せるような濃厚な延命治療を行うと、呼吸機能が正常に戻り切らない場合が多いです。また何週間もベッドに寝かせきりで治療を行うと、筋力も低下するし、意識もしっかり戻り切らない場合も少なくありません。

結果、命は取り留めたとしても、満足に会話もできず、食事もとれない、「寝たきり」の状態となり、体に何本も点滴や管を繫がれて、スパゲティ状態(体に何本もチューブや管が差し込まれている状態)になってしまう高齢者が非常に多いわけです。そういった事実を多くの人が知らないのです。

平均寿命を超えた老人が延命治療を受けるとろくなことがない

【中村】そうそう。私も何人もそんな人を見てきたよ。平均寿命を越えたような老人が延命治療を受けると、本当にろくなことがない。たとえ命が助かったとしても急激に運動能力が落ちるから、ほとんどの人が寝たきりになる。良くても車椅子にようやく乗れるかどうかや。

それに認知症も一気に進んでしまうことが非常に多いしね。オムツを着けられて排泄も自分でできなくなる。そんな状態になったら全身の機能が衰弱して食事も満足に飲み込めなくなって誤嚥しやすくなり、口からの食事は禁止になって、中心静脈栄養で高カロリーの輸液を24時間流されるか、鼻からチューブ(胃管)を突っ込まれて流動食を流されるかのどちらかになるんや。

【奥田】中心静脈栄養については、もう少し説明を補足しましょう。一般の人がイメージする腕への点滴は、細い末梢の静脈に行う点滴ですよね。細い静脈は高濃度の輸液を入れるとすぐに炎症を起こしてつぶれてしまうため、ごくわずかなカロリーの輸液しか流すことができません。

食事代わりになるような高カロリーの輸液を入れるには、鎖骨の下や鼠径部(太ももの付け根)にある太い静脈に針をさしてカテーテルを留置する必要があります。これが中心静脈栄養と呼ばれる方法です。しかしカテーテルを体内に留置しておくと、どうしても感染が起こってくるため、1カ月に一度は入れ替えのために、痛みを伴う処置をしなければなりません。

かといって鼻からチューブ(胃管)を突っ込んで流動食を流すという方法も、強い不快感を伴います。そのため、しばらくすると「皮膚から胃に穴を開けて胃瘻を作りましょうか」となる人が非常に多いのですね。肌の上から胃に小手術をして穴を開け、栄養チューブを直接入れ込んで胃瘻を作り、そこから流動食を流すようになってしまうご高齢者がたくさんいらっしゃいます。

入院した高齢患者
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ご飯が食べられなくなったときが死に時

【中村】あの胃瘻だけは、絶対にご免やな……。私にとって、そんな状態で生きるのは拷問のようなもんや。私は自分でご飯が食べられなくなったときが、死に時やって思って生きているよ。

【奥田】私もそうです。日本では、高齢者が肺炎にならなくても、認知症や心不全など様々な要因で食事が口からとれなくなったあと、当たり前のように人工栄養が行われます。

私自身も、これまで療養型病院で悲しい例をたくさん見てきました。静脈栄養や胃瘻などの人工的な延命治療を受けることで、人間本来の「尊厳死(延命治療を施さずに自然な最期を迎えること)」を迎えられずに、ベッドでチューブだらけになりながら、オムツを着けられ寝たきりになる。

認知症のご高齢者などは、不快なチューブを自分で抜こうとするから、布のベルトでベッドに手と胴体を拘束されてしまうことも珍しくありません。

【中村】老人が寝たきりになると、大抵は床ずれができて、筋肉がやせ細って関節もカチコチになってしまう。身動きも自由にとれなくなった体でベッドにただただ寝かされて、栄養を流され生き永らえている……。そんなになってまで、生き続けたい人っているのかなと思うわ。

余計なことをすると、終末期の苦しみを助長する

【中村】日本の終末期医療はこんな調子だと伝わったとして、先生なら海外の事情にも詳しいんと違う?

【奥田】オーストラリアやオランダ、スウェーデンなどでは、認知症や寝たきりのご高齢者に人工栄養(経鼻や胃瘻などの経管栄養、中心静脈栄養)は全く行われないそうです。

中村恒子・奥田弘美『うまいこと老いる生き方』(すばる舎)
中村恒子・奥田弘美『うまいこと老いる生き方』(すばる舎)

またオーストリア、スペイン、アメリカなどでも、かなり少ないそうです。これらの先進国では、人工栄養で延命され寝たきりになっている高齢者は日本に比べて圧倒的に少数だといいます。詳しく知りたい方は、ぜひ宮本顕二先生・宮本礼子先生の『欧米に寝たきり老人はいない』(中央公論新社)をお読みになると良いと思います。

この著作を読んでびっくりしたことがあります。欧米や北欧にも、20年ぐらい前までは、日本と同じように老衰状態の高齢者に人工栄養を行っていた歴史があるんですね。てっきり宗教上の理由から行われていないものだと思っていました。

これらの先進国では、その歴史を経たうえで、「余計なことをすればするほど、終末期の苦しみを助長する」と結論づけられ、高齢者の自然死が推奨されるに至ったわけです。

ろうそくの炎が消えるような最期を迎えるには

【中村】なるほどな。私も長年医者をしていた経験から、年老いた人間の最期は、自然に任せておくのが一番楽やと確信してる。

無理に点滴や胃管から栄養を流し込んでも、体が求めていないことをすれば、むくみや床ずれの原因になるだけや。人間はね、ご飯が食べられなくなって衰弱してきたら、自然に頭の働きも弱って、意識もボーッとしてくるから、苦痛も軽くなってくるようにできてる。昔はそうやって家で老人を看取ったもんや。

【奥田】私が若い頃に働いていた、尊厳死医療に徹していたホスピスでもそうでした。食べられなくなった末期の癌患者さんには、点滴で人工的に水分や栄養を入れ過ぎると逆に苦しみが増すので、点滴は痛み止めなど最小限にして自然に任せていました。

人工的に水分や栄養を入れずに、ご本人の体の衰弱具合に任せていると、ろうそくの炎がすうっと消えるように、自然に亡くなっていかれました。

【中村】そうやろ。癌でも老衰でも、できるだけ自然に任せた方がええと思うわ。今の医療の技術で、痛みと苦しみだけとってもらえば、あとは放っておいてもらった方が人間らしく、楽に死ねると思うわ。あ、そうそう、死ぬ間際の心臓マッサージなんかも絶対に止めてやって、子どもに頼んでる。

家族に意思表示をしておくことが大切

【奥田】先ほど紹介したスウェーデンでは、80歳以上で重症になった高齢者は、回復の見込みがないと判断された場合は、ICUにも入れないそうです。痛みや苦しみをとるだけの尊厳死医療に徹しているわけですが、日本はまだまだ議論が遅れていますね。

コロナ禍の日本では、人工呼吸器が足りなくなったら高齢者より若者を優先することを「医療崩壊」「命の選別」などといって、マスコミが騒いでいましたが、高齢者に後先を考えず人工呼吸器をつけて延命治療すると、逆に余計な苦しみを与えることになる現実を、全くわかっていません。

【中村】医療現場の現実を多くの人が知らんのやろうね。私自身は、自分が80歳過ぎて重症の肺炎になったら、それがコロナであろうとインフルエンザであろうと肺炎球菌が原因であろうと、そこが寿命、天寿やと思って受け入れるつもりできたけどな。

実は、私ら終末期医療に関わった臨床医の多くは、何十年も前から、高齢者が肺炎や心不全などの重体になったときには、家族に延命治療の苦しみをしっかりと説明して、できるだけ人工呼吸器を使うのは避けてきたのにな。

【奥田】そうなんですよ。多くのご家族は、延命治療のメリット、デメリットを丁寧に説明して差し上げると「楽に人間らしく、最期を迎えさせてやって欲しい」と言われますよね。

日本でも高齢者に延命治療を行わずに、自然に看取りを行っている高齢者施設や病院も少しずつ増えているそうですが、まだまだ一般的ではありません。しかもご家族が延命治療を望んだ場合は、90歳近いお年寄りに人工呼吸器を付けざるを得ず、といったことも起こります……。

【中村】家族が延命治療を望んだら、医者も断れないからなぁ。だからこそ、私のように60歳ぐらいからは、家族にしっかりと自分の意思を伝えておいた方がいい。

日本の医療は延命至上主義

【奥田】はい、その通りです。肺炎の際の人工呼吸器だけでなく、認知症や心不全などで老衰になった場合にも、人工栄養は一切いらないと考えている人は、意識がしっかりしているうちに、ご本人が家族にしっかりと伝えておくべきですね。

今の日本の医療現場や医療制度では、家族が望むと中心静脈栄養や経鼻チューブ・胃瘻からの流動食で人工栄養を入れざるを得ません。現場の医師たちの間では、「食べられなくなった高齢患者に、点滴も人工栄養もしないで放っておくのは、餓死させることと同じだ」という考えも根強いですし。

日本の医療は良くも悪くも延命至上主義なのです。また、尊厳死や安楽死の議論が遅れている日本においては、本人や家族の明確な意思がない場合、可能な限り延命治療をしておかないと、万が一、医療訴訟になったときに、医師の側が負ける恐れもあります。

だから本人の意識がクリアでなかったり、認知症であったりする場合は、必ず家族に人工栄養をどうするかを含め、延命治療の実施の判断を委ねられるわけです。

【中村】そう、だからこそ私ははっきりと家族に伝えてるよ。もし口を出してきそうな親族がいたら、そこへも伝えておいた方がいいと思うね。

「リビングウィル」を準備しておく

【奥田】私はまだ50代ですが、交通事故などの外傷で脳死に近い状態になることもあると考え「回復の見込みがなかったり、大きな障害が残ることがわかったりしている場合は、絶対に延命治療はしないで!」と強く伝えています。

私の夫は医療者なので私の意志を尊重してくれる信頼がありますけど、念のために文章にして残そうと考えています。読者の方も、もし延命治療を受けたくないと決めたのであれば、家族や親族に伝えるとともに、事前に文章に残しておくことをお勧めします。

【中村】「リビングウィル」ってやつやね。

【奥田】はい、終末期を迎えたときの医療の選択について、事前に意思表示しておく文書ですね。「日本尊厳死協会」のリビングウィルが最も有名ですが、その他にも「尊厳死宣言公正証書」というサービスもあるそうです。これらは有料ですが、自分で自由に書いたものでも良いと思います。

リビングウィルは、書いたら必ず家族に内容と置き場所を知らせておき、いざというときに医師に提示しておけるようにしておく必要があります。引き出しの奥にしまっておくだけでは、効力は発揮しませんから。

いつ倒れても自然にあの世に逝ける

【中村】私は文書には残してないけど、息子たちにはしっかり伝えて同意をもらっているから安心してる。とにかく、まずは自分の死に際をどうしたいか自分でよく考えてみることが大切やね。

それで延命治療を望まないと決心したんやったら、元気なうちから家族・親族にしっかり伝えて同意を得ておくことに限るわな。私はずっと前から、しつこく、しつこく家族に伝え続けているから、いつ倒れても、自然にあの世に逝けるって安心してるけどね。